GISを用いた海外地誌データの分析

―インド・センサスデータの分析を例に―

佐藤崇徳・作野広和・杉浦真一郎・岡橋秀典

キーワード : GIS (地理情報システム),地誌学,インド・センサス,インド


I. はしがき

 地理学の分野でGISを利用した研究やGISそのものを対象とした研究が登場して久しいが,GISの利用が地理学・地誌学研究において一般的になったとは言い難い。これは,GISソフトが現段階では高価なこと,GISソフトを本格的に活用するにはある程度の習熟が必要なことなどが要因としてあげられる。一方で,GISの活用そのものが地理学においてどれほど意味を有するのか疑問視する声もある。GISを単にマッピングツールとして扱い,バラエティにとんだ地図化のための道具にしか成りえないと考える研究者も多い。

 だが,地図を含めた空間データのデジタル化は年を追うごとに進んでおり,その範囲はもはや先進国にとどまったものではない。このため,GISを導入してこれらのデータを分析する研究は,自然科学はもとより隣接の人文・社会科学の分野においてもめざましいものがある。このような動きに対し,小長谷 (1997) は,今後,紙の地図が研究上消滅し,代わって国家的・公共的GISのネットワークに膨大な量の地域データが蓄積されるようになると,それを使いこなすことのできる分野とそうでない分野とでは,地域研究一般について圧倒的格差がつくとまで述べている。このように,地理学・地誌学研究におけるGISの利用はもはや必須であり,研究の一層の進展とその成果の共有が待たれるところである。

 さて,GISとは「空間データと非空間データを統合して利用する情報システムであり,データの空間的検索や空間的な分析,処理が可能で空間的表現 (伝統的な表現では地図) が可能なシステム」(久保,1996) と定義することができる。すなわち,GISの最大の特徴は,地球上の位置を示す空間データとその空間が有する属性データ (非空間データ) との有機的結合にあるといえる。このような考え方は地誌学が永年追求してきた地理的空間そのものを明らかにしようとする発想であり,従来の記述的地誌学から脱して科学的分析を指向する新しい地誌学の発想と共通するところが大きい。それにもかかわらず,これまでGIS研究はその地理学・地誌学的意義を過小評価されてきた。加えて,GIS研究は系統地理学の一分野とみなされ,地誌学とGISは無縁であるかのように扱われてきた。先進国 (高阪,1994 など) のみならず発展途上国 (厳,1994永田,1996) においてもGISへの利用に適した地誌的情報の存在が指摘されているにもかかわらず,地誌学の分野での活用はまだ緒に着いたばかりである。特に,海外の地誌的データに対してGISを用いた場合,現地踏査の困難な地域あるいは広範囲にわたる地域の実態把握に大いに役立つものと思われる。その結果,GISはフィールドワークを中心とした伝統的研究手法と組み合わせることにより,海外地誌学研究に新たな視点をもたらすことが期待される。一方,系統地理学の分野においても,GISを活用する技術的手法,GISを用いた分析に対するフレームワーク,得られた結果の解釈の方法などGISに関して検討すべき課題は山積している。

 そこで,本研究では海外の地誌的データに対してGISを用いて分析するプロセスを通して,地誌学研究におけるGIS活用の有効性と問題点について明らかにすることを目的とし,GISを用いた新しい地誌学の方向性を見いだすことの第一歩としたい。本研究ではGISに用いるデータの整備が必ずしも十分ではない発展途上地域を対象とするが,その際の技術的手法の提示と問題点を明らかにすることも課題の一つとしたい。

 上記の目的を達成するために,本研究ではインドにおける人口センサス調査 (Census of India,以下センサスと記す) のデータを用いて分析する。研究方法として,はじめにセンサスに盛り込まれている内容や統計単位について検討を行い,続いてセンサスの集計結果が収録されているデジタルデータの構造とGISソフト上で活用する際の技術的手法を記述する。最後に,GIS利用の1事例として,近年開発されたピータンプル工業成長センターの開発によるインドール (Indore) およびピータンプル (Pithampur) 周辺の社会・経済的地域構造についてGISを用いて分析を行う。

 なお,本研究のためのデータ収集は,1996年10〜11月に実施した文部省科学研究費国際学術研究 (海外調査)「インドにおける工業化の新展開と地域構造の変容」(研究代表者:岡橋秀典) の現地調査の際に行った。調査においてはジャワハルラルネルー大学院大学の教官ならびに大学院生,およびマンドゥサウアー大学の教官および卒業生の協力を得た。


II. インド・センサスデータの概要

1. インド・センサスの集計結果

 インドにおいてはイギリス統治時代の1872年から全国土を対象としたセンサスが実施されており,1881年以降は10年に1度行われてきている。今日,その結果は各州のセンサス局において集計され,連邦センサス局の出版計画にしたがって冊子として刊行され,行政上必要な地域分析や施策の立案,科学者による研究などに用いられている。外国人がインドを対象として地域的な調査を行う場合においてもセンサスの利用は不可欠であり,地理学の分野でもこれらの刊行物が活用されてきた1)

 最新のセンサスは1991年に実施されたが,その集計にはコンピュータが利用されており,集計結果はデジタルデータとして一般に公表されている2)。センサスの集計結果は地域を単位としたシリーズ (Series) ごとに出版されており,それぞれのシリーズごとに内容別のパート (Part) が設定されている。シリーズ1はインド全土,シリーズ2〜23が州単位,シリーズ24〜32が直轄地単位となっており,それぞれ州・直轄地名のアルファベット順となっている。また,パートは人口集計表,経済集計表,社会・文化集計表などカテゴリーごとにパート1〜パート12までに別れており,各パートにおいてもA,Bなどに細区分されている場合もある (表1)。これらのパートは全てデータが記載されているわけではなく,パート1Aは政府報告書 (公式使用に限定),パート10は民族学的な記述や指定カースト (SC)・指定トライブ (ST) に関する特別レポート,パート11はセンサス・アトラスとなっている。また,パート12の “District Census Handbook” は1冊で1県 (District) の基本統計が掲載されており,原則として全ての村ないしは都市の集計結果が掲載されている3)。なお,これらのデータが全てデジタルデータとして入手できるか否かは不明である4)

【表1 インド・センサス(1991)の集計結果出版物】

 筆者らが入手したデータはマディヤ・プラデーシュ州 (以下,MP州) のダール県およびインドール県のデータで,“Village Directory” および “Village / Town Primary Census Abstract” である。基本的に前者はパート12-A,後者はパート12-Bに相当しているが,冊子としては未刊行でフロッピーディスクによるデジタルデータと連続紙によるアウトプットの形で入手した。なお,筆者らがデータを入手したのはMP州インドール県4郡とダール県5郡であるが,このうちインドール県全郡とダール県のダール郡を本研究の分析対象とした。これは,本研究がピータンプル工業成長センターの開発による周辺地域の変化を扱った研究の一部をなしており,ピータンプル工業成長センターがほぼ中央となるように分析対象地域を設定したためである。

2. “Village Directory”および“Village / Town Primary Census Abstract”の概要

 “Village Directory” は「生活環境と土地利用 (Amenities and Land Use)」というサブタイトルがあり,各村における電気,水道,電話などのライフラインの整備状況,学校や病院といった公共施設の有無および土地利用状況が示されている5)。具体的には表2に示すように16の項目が含まれいるが,このうち,面積,人口・世帯数,土地利用 (森林面積,かんがい面積,非かんがい面積,非耕作地,耕作不能地) などはヘクタールを単位とした数値データで示されている。一方,生活関連施設の立地状況や隣接する村の種類と距離,最近接都市名,電力供給源などは地名や記号によって表現されている定性データとなっている。このうち,生活関連施設の立地状況は6つの施設 (教育機関,医療機関,上水道,郵便・電信局,市 (バザール),バス停・鉄道駅・水上交通) があげられており,それぞれの施設が村内に立地する場合にはその施設の種類が,立地しない場合には村外の施設までの距離が記されている。

【表2 "Village Directory - Amenities and Land Use" の掲載項目】

 “Village / Town Primary Census Abstract” には村・都市単位に面積,人口,幼年人口,世帯数,SC・ST人口,労働力人口,産業別人口 (11分類) などが入力されている (表3)。これらは全て数値データであるとともに,人口から産業別人口まで全て男女別に集計してあることが特徴である。

【表3 "Village / Town Primary Census Abstract" の掲載項目】

3. インド・センサスにおける集計単位と地域区分の概念

 インドの行政区分は州と連邦直轄地を一級区分としており,センサス結果なども原則として各州のセンサス局が集計や出版を行っている。州はいくつかの県 (District) からなり,その下に郡 (Tahsil) が設定されている。郡の下位は農村部 (Rural) と都市部 (Urban) に分類されており,地域単位として前者には村 (Village) が,後者には都市 (Town) が設定されている。

 都市部と農村部の地域区分は,基本的に人口の集積レベルで決定されており,一定の条件を満たした居住地域が都市部と認定され,それ以外の地域が農村部とされている。農村部の村はほぼ自然村と一致しており,対象地域の場合には各郡の農村部に約150〜500程度の村が含まれている。

 これに対して,都市部の都市に認定される条件は大きくわけて2つに分類される。1つは行政市であり,いま1つは行政上は都市と認定されていないが実質的には都市地域となっている地域である。後者の条件として,i) 人口5000人以上,ii) 男子労働力人口の75%以上が非農業に従事している地域,iii) 人口密度400以上の3条件を満たすことがあげられている。このような地域は,センサス都市 (Census Town) あるいは非行政市 (Non-Municipal) と称されている。

 一方,行政市にはいくつか種類があり,一般的な行政市 (Municipality) の他に,都市連合 (Municipal Corporation),公示地域自治体 (Notified Area Committee),駐屯地 (Cantonment) といったものがあげられる。都市連合は行政市よりも規模の大きいものと考えられ,公示地域自治体は一般的に行政市よりも人口規模は小さい。また,駐屯地は軍の駐屯地周辺に発達した都市をいい,人口規模との関係があるかどうかは不明である。対象地域には25の都市があり,このうちインドールが都市連合で最大の人口規模を誇っている (表4)。次に人口規模が大きいのはマフー駐屯地であり,以下,行政市が11市分布している6)(図1)。本研究で特に注目しているピータンプル工業成長センターが立地するピータンプルは1991年センサスより非行政市として扱われている。

【表4 インドにおける行政区分・統計単位と研究対象地域】

【図1 研究対象地域】

 ところで,センサスの集計上では,都市がいくつか連結した都市圏 (Urban Agglomeration) が設定されており,1971年から導入されている。都市圏のタイプとしては3つあり,第1に1つの中心都市と隣接するいくつかのUrban Outgrowthからなるタイプ,第2に隣接する2つ以上の中心都市と隣接するいくつかのUrban Outgrowthからなるタイプ,第3に都市が2つ以上隣接し,Urban Outgrowthを伴わないタイプに分けられる。中心都市となるのは前述した4種類の都市 (行政市,都市連合,公示地域自治体,駐屯地) であり,Urban Outgrowthは法的に都市の範囲外 (農村部に立地する村) であるが,統計上では都市部に含めて集計されている。

 研究対象地域には2つの都市圏が存在する。図2はそれらを模式的に示したものであるが,インドール都市圏では中心都市がインドール都市連合であり,その周囲に7つのUrban Outgrowthがとりまいている。都市内部は街区 (Ward) に分割されている。同様に,マフー都市圏では中心都市がマフー駐屯地であり,6つのUrban Outgrowthを有している。駐屯地であっても都市であるため,都市内部は街区で区切られており,センサス結果は各々の街区ごとにまとめられている。

【図2 研究対象地域における都市圏と統計単位に関する概念図】


III. インド・センサスデータの加工とGISへの導入

1. 統計データの加工

 筆者らが入手したデータは,フロッピーディスクにテキストファイル形式で格納されていた。各フィールドはスペースによって桁が揃えられており,改行コードはLF形式7)であった。データファイルは,インドール (県番号22) とダール (同23) 両県の農村部 (R) と都市部 (U) がそれぞれパート1とパート2の2つのファイルからなり,全部で8つのファイルがフロッピーディスク (MS-DOS 1.2MBフォーマット) 2枚に収録されていた。

 まずはじめに,データの改行コードをLF形式からCR+LF形式8)に変換し,その後,表計算ソフトMicrosoft Excel for Windows 95 ver.7 (以下,Excel) に読み込んだ。Excelのテキストファイルウィザード9)を利用して,まずファイルがスペースによって桁揃えされたデータであることをコンピュータに伝え,次に各フィールドの区切り位置を指定した。これにより,各セルに適切にデータを取り込むことができた。

 なお,元のデータファイルは,データ項目名および項目番号と数値データとの区切り位置が若干ずれている部分が多く,項目名が適切に読み込まれていないところがあったが,それらは手作業によって修正した。以上の作業を全てのファイルについて繰り返し,最後にパート1とパート2の2つのファイルを1つに併合して,インドールとダールそれぞれの農村部と都市部の計4つのファイルを作成した。

 近年では発展途上国といえどもコンピュータを利用したセンサス集計が行われており,集計結果をデジタルデータとして入手することは比較的容易になったといえる。しかし,GISを用いて分析を行う場合,まずGISソフトが読み込み可能なファイル形式に整える必要がある。このような作業にかなりの時間が費やされ,海外の地誌的データを活用する際の障害になっている。

2. 地図データの作成

 ところで,GISを用いて分析を行う場合,デジタル化された地図データが必要となる。インドの各村については,インド各州が発行している統計単位のセンサス結果をまとめたDistrict Census Handbookに村の境界線を示した地図が郡ごとに掲載されている。しかし,1991年に実施されたセンサスについては,District Census Handbookが未だ刊行されていないため対象地域の統計単位を示す地図がない。そこで,1981年センサスにおけるDistrict Census Handbookを活用することにした。

 その際にいくつかの問題点が生じた。第1に村や都市といった統計単位で示されている地図は郡ごとに掲載されており,県を単位とした地図を作製しようとする場合に,縮尺の異なる郡単位の地図をつなぎ合わせる必要がある。しかし,単に縮尺が異なっているだけではなく,地図上での県境の形状そのものが異なっている場合もあった。この点は確認が難しいため,細部においては若干の問題点が残されている。同様に,個々の村の形や境界線も一部に正確とはいえないものがある。例えば,1つのエリアに2つの村が存在していたり,地図上では存在する村が集計結果では存在していないような明らかな間違いもみうけられる。このような問題点が生じる要因としては,本来,村域の境界線が明確にされていないにもかわらず,GISの処理上,領域を持つポリゴンとして扱ったことが考えられる。すなわち,対象地域における村はほぼ塊村の形状をなしており,集落の位置は正確に把握することができるが,その村の全領域は現地においても同定が難しいのである。本研究における分析は都市部も含めた分析を行うため村の領域をポリゴンデータとして扱ったが,検討の余地があるといえる。

 第2の問題点として,都市 (都市連合,行政市,公示地域自治体,駐屯地) における集計単位である街区 (Ward) の地域区分が不明な点があげられる。これは,我々が現地での地図収集を怠った点に問題がある。このため,本研究においては,都市は一括して集計し,街区単位の分析は省略した。

 第3に森林地域 (Forest Area) の存在である。ヴィンディヤ山地に含まれるインドール県南部においては,県境付近に広く森林地域が広がっている。これらは政府の保存林や保護林であり,どこの村や都市にも含まれない領域である。しかし,その領域の中にも島状に村が立地している。ところが,既存の地図によればこれらの村の領域は不明確である。他の村はポリゴン状にその領域が示されているにもかかわらず,森林地域内の村は点として描かれている。これらの村も領域の正確な設定ができなかったため,センサス結果に示されている面積からおおよその領域を割り当てた。

 このようにして作成された原図をデジタイザーなどを用いてデジタル化し,同時に地図上に記載されている村番号を各ポリゴンのIDとして入力した。

3. 統計データと地図データの整合性

 これまでみてきたように,得られた統計データはGISソフトへ直接インポートが可能なようにデータを整理し,地図データもデジタル化することにより,はじめてGISソフトでの解析が可能となる。

 しかし,本研究では統計データは1991年を用いているのに対し,地図データは1981年のものを用いていることにより,さらなる問題点が生じてきた。第1に,両センサスの間に村番号の変更や村名の変更がみられた点である。この点については多くの村や都市においてみられたわけではないので,前後の村番号や村名,あるいは面積を参照することにより同定作業は比較的容易に行われた。第2に,村領域を示す境界線の変更である。多くの場合は村どうしの合併や分割などであり,やはり面積を照合することにより同定作業を行った。同様に,村の合併による都市への昇格もみられた。第3に,都市の拡大により隣接する農村部の村が都市のUrban Outgrowthとなり,都市部へ編入された村がいくつかみられた点である。

 以上のような点を補正し,1981年センサスの村番号と1991年センサスの村番号とを照合させることにかなりの時間を費やした。海外の場合,発行されている地図自体に欠陥がみられる場合もある。データの欠損や村・都市の領域が地図上ではみられない地域においては欠損値として扱ったが,地図の不整合については照合が難しく,微細な点については必ずしも正確な情報とは言えない結果となった。このように,分析対象となる村の数と位置をデジタル地図のそれと完全に一致させることにかなりの労力が費やされることは必至である。コンピュータを利用したGISを用いての操作の前には,このような手作業による照合作業は避けて通れないものと思われる。

 このような作業を経て,はじめてGISソフトを用いての分析が可能となる。本研究の分析においては,ベクター型GISソフトのMapInfo for Macintosh 3.0Jを利用した。MapInfoでは格納したデータベースから瞬時に情報を呼び出し集計単位の分布図を作成することは極めて容易であり,具体的な分析事例は次章で詳しく述べる。

 本章では,入手したデータをGISに取り込むまでの流れを記してきたが,この過程をまとめたのが図3である。

【図3 データをGISに取り込むまでの流れ図】


IV. GISを用いたインド・センサスデータの分析例

1. コロプレスマップの作成による分析

 本章ではインドールやピータンプルを中心とした地域の社会・経済的地域構造を明らかにすることを通して,GISの地誌学への利用例を示すとともに,それにともなう問題点や,GIS利用の有効性について検討する。  前述したように,本研究においては,図1に示したMP州インドール県内の4郡とダール県ダール郡を分析対象地域とした。図1において太線で示されているのが郡境である10)。各郡内において細区分された領域が農村部における村と都市部における都市である。後者の内部は前述したように街区に分割され,それらが統計単位となっているが,本研究では区割りの地図が入手できなかったため,都市を1つの統計単位として扱っている。ただし,都市に含まれるUrban Outgrowthは個々の領域として地図上に示されている。

【図4 人口密度の分布】

 図4は人口密度を示したものであるが,このようにGISを用いて入力されているデータを使って地図を描くことにより,地誌的指標を視覚的にとらえることが可能となる。対象地域内には1,144の地域単位があるが,仮にこのような分布図を手作業で作成する場合には,相当の労力を伴うことが予想される。GISを利用した場合には,このような図の作製が瞬時にできるばかりでなく,階級区分を任意に設定することができるため,地誌的情報の正確な把握のための図化を試行錯誤しながら入念に繰り返すことが可能となる。図4をみると,インドールからマフー (Mhow) にかけての国道3号線沿いにおいて人口密度が高いほか,ダール (Dhar) ,ディパルプル (Depalpur) ,サワー (Sawer) といった郡中心都市をはじめとする主要都市において人口密度が高いことが認められる。しかし,主要都市周辺でもなく,主だった鉄道や国道の沿線にも位置していない小村において極めて人口密度が高い村も数多くみられる。例えば,マフー南東部の森林地域周辺における村々では一様に人口密度が高い。このような村では地理的に他の地域とは異なる事情が存在することが予想され,地誌学研究における興味をひくところである。インドのような広大な国土を抱え,しかも無数の村に分割されている地域において,比較的長期にわたってセンサスデータが整っていることは,GISを用いた分析に大きな可能性をもたらすように思われる。

2. SC,STの分布と地誌学研究

【図5 指定カースト(SC)比率の分布】

【図6 指定トライブ(ST)比率の分布】

 対象地域における特徴として指定カースト (SC)・指定トライブ (ST) が占める割合が高いことが上げられる。図5は各村におけるSCが占める比率を示したものである。一見して対象地域の北東部,特にサワー郡やインドール郡で高いのに対して,マフー郡,ダール郡南部では一様に低い値を示していることがわかる。次に,図6は各村におけるSTが占める比率を示したものであるが,図5とは対象的にヴィンディヤ山地に含まれるマフー郡,ダール郡の南部で顕著に高いことがうかがえる。これは,STの人々が本来森の民であり,今日でもこうした地域において高い密度で分布していることを示している。両図からSC,STには空間的な分布に差異があることがよくわかる。このような空間的分布の結果は,両指標の相関係数からもうかがえる。表5は分析対象とした変数間の相関係数を示したものであるが,SC比率とST比率との間には-0.6133と高い負の相関がみられ,両者が空間的には異なった地域に分布していることを示している。

【表5 対象地域におけるセンサス調査項目間の相関係数】

【図7 男性識字率の分布】

【図8 女性識字率の分布】

 ここで,SCあるいはSTの分布と村単位の識字率との関係を検討してみたい。図7は男性識字率を示したものであるが,明らかにSTが多く分布する地域では識字率が低いことがわかる。表5でみるとST比率と男性識字率の相関係数は-0.8028と極めて高い負の相関を示している。このことから,STの就学率の低さがうかがえる。しかし,ST比率と女性識字率の相関係数は-0.4649と男性識字率ほど高くはない。そこで,この点をさらに検討するために図8をみた場合,女性識字率は明らかに男性識字率の分布と異なっており,主要道路や鉄道といった交通路にそった地域,あるいは都市部において高いことがうかがえる。これは人口密度の高い地域とおおよそ一致していることから,女性の識字率はカーストとは異なった要因で規定されている可能性が推測される。

 このように,GISを用いた場合には,多変量解析など数値だけで判断することの問題点を,分布図にして視覚的に検討することにより回避することができる。GISを利用した地図化により,むしろ地理学・地誌学の原点ともいえる地理的分布が把握しやすくなったといえる。

 また,カーストに関する問題は,インドにおいても実態把握が相当困難な問題であり,ましてや外国人が科学的な調査をするにあたっては,慎重を期す必要性がある。不要なトラブルをおこさないためにも,現地調査の十分な分析が必要であるが,GISを利用して複数のデータを組み合わせることにより,地域の実態を多元的に把握することができ,現地調査をスムースに行う手助けとなろう。

3. 距離帯別分析からみたインドール周辺の社会・経済的地域構造

 GISが有する空間処理・解析の機能には,重ね合わせ (オーバーレイ),近傍操作 (バッファリング),最短経路探索,計測,空間検索 (住所照合など) などがあるが,本節ではバッファリングの手法を利用して,任意の点から距離帯ごとの集計を行った結果を検討する。具体的には,対象地域の中で最大の都市でありMP州西部の商工業の中心都市であるインドールと,ピータンプル工業成長センターとのそれぞれから5キロメートル毎の距離帯を設定し,各距離帯ごとに諸指標の集計を行った。インドールを中心とした距離帯を示した図を図9に,ピータンプルを中心としたものを図10にそれぞれ示す。

【図9 インドールからの距離帯】

【図10 ピータンプルからの距離帯】

【図11 インドールからの距離帯別SC,ST,識字者率】

 図11はインドールからの各距離帯における人口に対するSC,STの占める割合と識字率を示したものである。SCは10〜20キロメートル帯では比較的高い比率を示しているが,以遠は漸減している。これに対し,STはインドール周辺における割合は極めて低く,距離が離れるにつれて増加する傾向にある。特に,65キロメートル以遠は極めて高い割合を示している。もっとも,インドールは対象地域の中心よりやや北東にかたよって位置しているため,50キロメートル以上は方位によって含まれない地域もあることを忘れてはならない。このようにみてくると,SC,STの分布は人口の集積する都市の存在とは関係なく一様に分布していることが予想される。

 一方,識字率はインドールから離れるにつれて下がる傾向にあるが,距離帯によっては高い割合を示す地域もある。これは,各距離帯における都市の分布と関係していると思われる。また,特徴的なことはSTが占める比率が高い距離帯では識字率が低くなる傾向にある。例えば,60〜65キロメートルの距離帯ではSTが占める割合が急減しているが,それに伴うかのように識字率は上昇している。この結果は分布図からも裏付けられている。

【図12 ピータンプルからの距離帯別産業従事者率】

 図12は労働力人口に対する工業従事者率,輸送業従事者率,建設業従事者率をピータンプルを中心とした距離帯別に示したものである。ピータンプルは大規模に開発された工業団地であるため,工業団地に関連した産業の従事者が相当数居住しているものと予想される。実際,ピータンプルから5キロメートル以内においては労働力人口の50パーセント近くが工業従事者であり,その割合が極めて高いが,5キロメートルを超えた地域では急減していることから,ピータンプル工業成長センターで働く労働者は比較的近隣に居住していることがわかる。ピータンプル周辺にも農地は多くみられるが,ピータンプルから5キロメートル圏内において耕作者が占める割合は20パーセントを割るほど低く,工場労働者の来住とともに,耕作者が一部工業従事者へ転業したことも予想される。また,工業に関連するはずの建設業や輸送業の割合はピータンプル周辺においてもさほど高くなく,両産業が占める割合は総じて低い。ピータンプル周辺には多くの輸送業関連の事務所が見受けられたが,実際に輸送業にたずさわる人口の居住は少なく,むしろインドールのような大都市においてその割合が高い。

 このような距離帯別に集計を行うことにより,インドール都市圏の社会・経済的地域構造の把握にまで踏み込んだ主題的解析も可能となった。同様の分析を行う場合,これまでは行政単位を中心とした面積の狭い統計区か,あるいはメッシュデータによる解析が主流であった。前者は統計区が年ごとに異なったり,集計の際の労力が大きいなどの問題点があり,後者はそれらの問題は少ないものの,地域においてメッシュデータ自体が存在しない場合には分析できないという大きな問題をはらんでいる。これに対してGISを利用した場合には,統計区に関係なく面積で比例配分して数値を算出するため,上記のような問題は生じてこない。

 このように,GISを用いた場合,距離帯別集計という既存の分析手法では困難であった方法を用いることにより,地誌的情報を解析することができた。本節ではバッファリングによる分析しか行えなかったが,GISにはその他の機能も多数ある。これらの機能を用いた地誌学的研究はほとんど行われていないため,今後はGISを用いた事例研究を積み上げていく必要性があろう。


V. むすび

1. 発展途上地域の地誌学研究におけるGIS活用の有効性

 本研究を通して,GISを活用した地誌学研究の有効性がいくつか見いだされた。それらは以下のようにまとめられる。

 第1に,海外などで入手した地誌的データをもとに,GISソフトで利用可能なようにデータベースを構築すれば,そこから瞬時にGISへ情報を呼び出し,村や都市単位といった詳細な分布図を作成することが極めて容易であることがあげられる。特に,2つ以上のデータを同時に地図化したり,若干の操作によりデータ間の演算結果を地図に表現できる点はGISならではの解析方法である。これにより大量データを瞬時に地図化することが可能となり,視覚的分析が容易となった。従来の研究においては,地域に関する多くの指標を組み合わせて評価することが難しいため多変量解析の技法を利用した分析が多くみられた。多変量解析を利用した場合,地域を客観的にとらえる有効な手段と成りえるが,地域を形式的にとらえがちとなり,地域の実態を無視した結果がみられることが欠点であった。その点,GISを活用した場合,研究者の目的意識にそって操作することが可能となり,試行錯誤を繰り返すことにより適切な結果を導きだしやすくなったといえる。この結果,広範囲にわたる地域的情報を的確に把握することができ,対象地域における潜在的課題の発見が期待されよう。

 第2に,研究者らの立ち入りが困難であったり,国家の事情や言語の問題などから踏み込んだ調査が難しい地域に関しての分析が可能となることがあげられる。例えば,対象地域のインドでは全国土にわたってSCやSTの分布がみられ,地域によっては微妙な問題をはらんでいる。いわば,「触れられたくない問題」に対して海外からの研究者が土足で踏み荒らすことは,いかに科学的な調査とはいえ大きな問題をはらんでいるといえよう。センサスなど客観的データが整っている場合,GISを利用してそのような地域を広範囲にわたって客観的分析することにより,こういった問題をある程度回避することができる。同様に,駐屯地など調査不能地域の実態把握も可能となろう。あるいは極乾地や極寒地のように厳しい自然環境にさらされた地域などでの利用も有効であろう。以上の点は,海外を対象とした地誌学研究ならではの活用点であり,地誌学の面でGISの活用が期待されるところである。

 第3に重ね合わせや近傍操作といったGISを使用しなければできないような分析が可能となったことである。これは,従来のアナログ的手法では膨大な作業時間がかかり事実上不可能であった作業を瞬時にやってのけるGISならではの活用例である。

2. 発展途上地域における地誌的データを扱う問題点

 以上のように,地誌的データに対してGISを活用した場合に,従来の手法では得られなかった新たな地誌的データの解析手法が見出され,この結果,発展途上地域における地誌学研究の新たな分析視角が見出されといえる。しかし,このような分析を行うにあたってはいくつかの問題点もまた見出された。それらを以下にまとめる。

 まず,第1に発展途上地域における地誌的データのデジタル化は整備されはじめたばかりであり,その整備状況は必ずしも十分とはいえず,実際の利用にはいくつかの問題がある。例えば,本研究において使用したインド・センサスのデジタルデータは,ファイル形式やファイルの内部構造が複雑で使用しにくい。そのため,GISを利用した分析自体よりも,GISソフト上で利用可能なファイル形式を整える作業にかなりの時間がかかった。この点は,デジタルデータの規格の世界的統一を待つなどある程度解決には時間がかかる問題であるが,改善が待たれるところである。もっとも,世界的に国家間の壁が低くなり,情報の公開や流通に積極的になった今日の世界情勢については,かつてとは比べ物にならないくらいに地誌的データの入手が容易となったことは喜ばねばなるまい。

 第2の問題として,得られた地誌的データの精度が未知数であることがあげられる。データそのものの信憑性については確認が難しいが,面積や人口などにおいて極端な変化をもたらした村・都市がみられるなど不安な結果はいくつかみられた。また,地誌的データに対応した地域区分を示した地図の信憑性はさらに低いと思われる。海外においては地図の入手が難しいことは一般的であり,この点において贅沢は言えないが,地誌学研究においては根幹にかかわる問題であるので,憂慮すべきであろう。対象地域としたインドでは各村において土地台帳があるなどミクロ的には比較的精度の高い地図が揃っているにもかかわらず,郡や県を範囲として村・都市単位の地図は “District Census Handbook” に頼らざるを得ないのが実情である。もっとも,対象地域を全て領域 (ポリゴン) で分割してしまおうという発想自体が現実の地域の実情を無視しており,今後検討すべき問題であるといえよう。

 第3にセンサスは10年に1度行われるため,調査項目もさることながら統計単位も合併・分割などが行われており,その追跡が難しいことがあげられる。この問題はわが国における国勢調査結果なども同様な問題を有しているが,海外においてはその復元は極めて難しい。本研究では村や都市の有する面積を照合し,おおよそ復元が可能となったが,明確な裏付けはなされていない。既存の地誌的データを利用した場合,取得したデータの信憑性を確認することは大きな課題である。

3. 今後の課題

 最後に,GISを活用した今後の海外地誌学研究における課題をいくつか示したい。

 まず,本研究では十分に分析が行えなかった具体的課題を設定した分析をより一層すすめていく事が重要であろう。本研究ではインドール都市圏やピータンプル周辺の社会・経済的構造の把握につとめたが,対象地域にはインドール以外にマフーやダールといった比較的規模の大きい都市もあり,現実にはそれらの都市間との相互作用によって地域が構成されているといえよう。そういった意味では,単にインドールを中心とした地域構造を把握するよりも,それらの都市との重層的関係をGISを利用して把握することが可能ではないだろうか。また,本研究では村および都市といった集落を単位として分析をおこなってきたが,これらの集落間の関係を見いだす都市・集落システムの分析に活用できるであろう。同様に,ピータンプル工業成長センターの開発がどの程度地域構造の変化に影響を与えたかについても客観的把握が可能となろう。本研究では上記の課題に対して具体的手法を示すには至らなかったが,今後の研究で明らかにしていく課題であることは指摘しておきたい。このような課題をより実効性の高いものとする手法として,時系列変化の分析を行うことがあげられよう。本研究の分析においては単年度のみのデータしか入手できなかったため実現はしなかったが,広範囲でなければ手入力によるデータセットの拡張は容易であり,今後の解析に期待したい。

 次に,本研究で行った定量データの分析に加え,定性データの活用が考えられる。これは,GISの特徴である地図データとその地域が有する属性の結合というGISの基本的概念に基づいた分析といえよう。地域の有する属性は今回の分析対象とした人口や産業人口など定量データもあるが,地域内に立地する施設や土地利用などを示す定性データもある。幸い,インド・センサスにおいては “Village Directory” で病院,学校,郵便局の所在など社会基盤の整備状況,土地利用の状況などが把握できる。こられのデータを利用することにより,村落群から中心地を見いだすことができ,都市との結びつきなどから前述した課題へのアプローチも可能となろう。このように,地域が有する定量的な空間データと地域属性データの同時把握をすることにより,GISならではの分析が可能となる。

 以上のように,海外の地誌的データに対してGISを用いた分析に対する有効性,問題点,課題を現段階として整理することができた。冒頭でも記したように,地誌学研究でGISを活用した研究は始まったばかりであり,研究蓄積はほとんどみられない。そのため,本研究も本格的に課題を解決する地誌学研究にはほど遠く,GISの活用を実験的に試みたプロセスを提示したに過ぎない。ただ,特に海外における地誌学研究においては地誌的データのデジタル化にともなってGISの活用の可能性は広がっており,積極的に分析する必要性があることは証明できたと思われる。今後は,これらのデータを活用した実践的研究を積み上げていき,最終的には新たな地誌学の方向性を見いだしていく必要性があろう。


 本研究は,平成8年度文部省科学研究費補助金 国際学術研究「インドにおける工業化の新展開と地域構造の変容」(研究代表者:岡橋秀典,課題番号:08041017) の成果の一部である。なお,GISによる解析にあたっては,徳山大学総合経済研究所による1号研究「情報システム―激変中のシステム環境の視点からみた動向調査」(研究分担者:岡橋秀典) の研究費も使用させていただいた。本稿の著者の一人である杉浦真一郎は,平成8年度リサーチ・アシスタント (RA) 経費により本研究に従事した。

 なお,本研究の概要は,1997年度地理科学学会春季学術大会において発表した。


 本ページは,総合地誌研 研究叢書 30,pp.233〜260 に掲載された論文をもとに,コンピュータの特性を活かすよう加工・編集を施したものです。


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