丹那断層で行われてきた最新の活断層研究

トレンチ調査

 さて,北伊豆地震の直後,多くの研究者によって現地調査が行われ,多数の報告書が書かれた。昭和初期という時代背景を考えれば驚異的なことである。前述の左ずれ断層・右ずれ断層の分布も,多くの地点での断層の観察により判明したことである。なによりも,横ずれ活断層――縦ずれよりも横ずれのほうが卓越した動きをしている活断層――ということが明らかになったのは,丹那断層が日本で第一号である。以後,丹那断層は,日本における活断層研究の重要な調査地となっていった。
 1980年,丹那断層でトレンチ調査が行われた。過去に活断層が動いた出来事は,地層のずれとして記録されている。活断層が同じ場所で繰り返し動けば,地層のずれも累積していく。地面に大きな溝を掘って,地下の地層のずれを観察し,活断層の活動履歴を解明しようというのがトレンチ(溝)調査である。先に紹介した丹那断層公園の断層地下観察室もトレンチのひとつである。
 一つの活断層が繰り返し動く間隔は,数百年とか数千年といった人間の感覚からすればずいぶん長いものである。しかし,ひとたび活断層が動けば,地震として大きな被害が発生する。活断層の活動履歴を明らかにすることは,直下型地震の予知にとって重要な課題である。
 1976年,アメリカで開かれた活断層に関するシンポジウムで,ケリー・シーという一人の大学院生がサンアンドレアス断層を掘ったということが大きな話題になった。彼は,厚さ5mほどの地層のなかに断層が9回動いたという証拠を見つけ,この断層は過去1400年の間,約160年間隔で繰り返し動いたということを明らかにした。地震学者・地質学者にとって長年の課題だった問いを,彼は「断層を掘る」という手法で解いたのである(松田,1984)。
 これを知った日本の研究者達は,日本にもトレンチ調査法を導入した。まず,1978年に鳥取県の鹿野(しかの)断層,ついで兵庫県の山崎断層でトレンチ調査が行われた。こうして日本でもトレンチ調査の意義が認識されるようになり,日本の活断層研究にトレンチ調査が本格的に導入されることになった。東日本は東京大学地震研究所が中心となり,まず歴史時代に大地震を起こした断層を掘ることになった。そうして最初の調査対象として丹那断層が選ばれた。
 1980年10月,丹那盆地北部の名賀(みょうが)地区,柿沢川(かきざわがわ)左岸の牧草地で,長さ30m深さ2.5mのトレンチが掘られた。この場所は北伊豆地震の当時,水田であったのだが,地表に現れた断層が詳細に測量され記録されていた。それに加えて土地所有者から当時の状況を聞くことにより,ここを掘れば断層が出てくるという位置をほぼ正確に推定することができたのだった。さらに,断層の活動履歴を解明する手がかりとなる沖積層と呼ばれる比較的新しい地層が,この場所には十分に堆積していた。

【図3 断層による地層のずれ】

 45度の傾斜できれいに整えられた壁面に,水糸を張って1m間隔の格子を作っていき,1m四方の区画ごとに詳細なスケッチをしていく。まるで遺跡の発掘調査のようだが,土器や石器を発掘しているわけではなく,そこにある地層自体が発掘対象である。ねじり鎌で地層を切るときの音と掌に伝わる感触で地層を区分していく。こうしてスケッチが完成すると,地層のずれが明らかになる。ある地層(A)が断層により食い違っていて,その上にある別の地層(B)は食い違っていないとすると,A層が堆積した後に,断層が動いてA層を食い違わせ,その後B層が堆積したと考えられる (図3) 。地層中に埋もれている木片や腐植を採取して,炭素同位体年代測定を行えば,それがいつのことだったのかが判明する。地層中の火山灰も,いつどこの火山が噴火したものかがわかっていれば,同じように断層の動いた年代を知る手がかりとなる。また,断層が何度も動けば,地層のずれは累積していき,下にある古い地層ほどずれ幅が大きくなる。このトレンチ調査によって,丹那断層の過去2回の活動,つまり1930年の北伊豆地震とそれより前の地震を読みとることができた(丹那断層発掘調査団,1981)。

【図4 1982年丹那断層名賀地区トレンチのスケッチ】

 さらに,1982年の2月,同じ場所で再度トレンチ調査が行われた (図4) 。今度はさらに深く掘り下げて,さらに昔の活動歴まで解読することにより,地震の発生周期を明らかにしようとしたのである。最深部で10mにもおよぶトレンチからは,過去6000〜7000年間に9回断層が動いたことが判明した(丹那断層発掘調査研究グループ,1984)。平均しておよそ800年に1回の割合で丹那断層は動いていることになる。また,1回目の調査で見つかった1930年よりも前の地震は,その時に断ち切られた地層中に838年に神津島(こうづしま)が噴火したときの火山灰が含まれていることが新たに判明したことなどから,古文書に記されている841年の伊豆国の大地震である可能性が高いことがわかったほか,この841年の地震と1930年の北伊豆地震との間にもう1回,断層の活動があったことも推定された。
 一方,丹那断層の南部でも,1980年と1982年に地質調査所によりトレンチ調査が行われ,大沢池のトレンチでは,1930年よりひとつ前の断層活動は約700年前であることが推定された。また,東京大学地震研究所を中心としたグループは,その後,田代盆地の南部(1982年),丹那盆地の中央部(1985年)でもトレンチ調査を行った。こうして丹那断層では,1985年までに合計6回(5ヶ所)のトレンチ調査が集中的に行われ (図2) ,断層は平均して約700〜1000年の間隔で活動を繰り返していることが明らかにされた。

【図2 丹那断層付近の活断層分布】(再掲)

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