海底地形のビジュアル化

―GISの手法でとらえる瀬戸内海・海砂採取海域の地形変化―

佐藤崇徳・熊原康博


▼水面下の変化を視覚的にとらえるには?

 私たちがふだん目にする地形は陸上のものであり,水面下の地形がどうなっているのかは,あまり知らない。海底地形といえば,大陸棚とか海溝といった大きなスケールで扱われるか,もしくは,最近では海底活断層調査の話題を聞く程度である1)。実際,自分の居住地近くの海面下にどのような地形が広がっているのか知らない人がほとんどだろう。なにしろ海の上からは見渡すことができないのだから。“地理屋”なら等高線(水面下の場合は等深線)を見れば,おおよそのイメージはつかめる。しかし,地図を得意としない多くの人にとってそれは困難なことである。なんとかGISの手法を用いることで視覚的にとらえられるようにすることができないだろうか。筆者らは今回,広島県竹原市沖の瀬戸内海(通称:三原瀬戸)を事例にそれに取り組んだ。

【図1 三原瀬戸周辺とDEMの作成範囲】

 この海域は今,いわゆる海砂採取問題でクローズアップされている所である。瀬戸内海では,過去数十年間にわたって建設資材用に海砂が採取されてきた。1997年,採取許可の延長をめぐる贈収賄事件をきっかけに,業界ぐるみでの違法採取が明るみになり,これまで地元住民・漁民から指摘されていた環境への影響(生態系の変化,周辺地域での海岸侵食)もマスコミで大きく取り上げられるようになった。環境庁による調査が行われている一方で,「水深が30m以上も低下した」という調査結果や水中カメラによる海底の映像が報道されているが,地形変化としての全体像が見えてこない。そんな断片的な情報をもとに「開発か保全か」などと議論しているのが現状である。

 そこで筆者らは,この海域の海底地形をDEM(数値標高モデル)をもとにビジュアル化し,過去数十年間での変化を視覚的にとらえられるようにした。


▼海底地形の資料を入手する

 この海域の海底地形について知るには,国土地理院による沿岸海域地形図,海上保安庁による海底地形図および海図の三種類の地図がある。地形についての情報を得るには,沿岸海域地形図や海底地形図(2mごとの等深線が描かれている)が適しているが,沿岸海域地形図は1976年に,また海底地形図は1987年に一度刊行されただけなので,変化をとらえることができない。そこで今回は,新旧二枚の海図(第103号「三原瀬戸及付近」,縮尺1/35,000)を資料として用いた。広島の第六管区海上保安本部で入手できる最も古い版は1963年(昭和38)刊行のものであった(複写のみ可)。海図の更新は,期間をおいての改版のほかに,船舶の安全航行という要請から,部分的な修正に関して水路通報とよばれる情報が逐次出され,それ以後に販売される海図には修正内容が書き加えられたり,補正図が貼られたりする2)。筆者らが入手した最新の海図は,1986年(昭和61)刊行のものに水路通報1998年(平成10)第19号までが反映されたものであった。

 海図には,5m,10m,20mといった航行の際の目安になるものを除き,等深線が描かれていない。その代わりに,およそ数百メートル間隔に水深が書き込まれている。その数値は,音響測深による面的なデータをもとに,付近で最も浅い地点の水深が記載されているとのことである。船舶の安全航行という観点からの措置であるが,地形学的にいえば,その数値をもとに復元される地形は接峰面ということになろうか。

 ランダムに分布している標高(水深)点からDEMを作成するには,TIN(三角形不規則網)を発生させる方法がある。しかし,数百メートル間隔で散らばっている点データだけから,果たしてコンピュータが詳細な地形を復元してくれるのだろうか少々疑念があった。そこで,もともと描かれている5m,10m,20mの等深線も参考にしながら,地形学的なカンを頼りに標高点の間を補い,手作業で5m間隔の等深線を描いていった3)

 新旧二つの時期の等深線図が完成した時点で,両者の比較から地形の変化は明瞭に認められ,DEMによる立体表示でもそれがはっきりととらえられることが予想された。


▼市販のソフトを用いてビジュアル化する

 今回のDEM作成およびそれをもとにしたビジュアル化にあたっては,このような作業が簡単にできることを実証する意味合いもあって,市販のパソコン用ソフトを利用することにした。使用したソフトは,VISTAPROおよびVisual Explorer4)である。

 VISTAPROは,DEMをもとに三次元画像(鳥瞰図)を描画する景観シミュレーション・ソフトであるが,樹木を生やしたり,太陽光による反射や水面の波などの細かな描写も可能となっている。他方で,VISTAPROのパッケージに標準添付されているVisual Explorerは,スキャナによって入力した等高線図などの画像からDEMを生成し,簡易立体表示ができるほか,作成したDEMデータをVISTAPRO形式やテキスト形式などでファイル出力することが可能である。

 そこで,作成した等深線図をもとに,まずVisual ExplorerでDEMを作成し,VISTAPRO形式でファイル出力,そのデータを使ってVISTAPROで鳥瞰図を作成することにした。

 VISTAPROの基本となるDEMの規格は,グリッド間隔が30m,258×258グリッド(約7.7km四方)の大きさである。したがって,今回は,三原瀬戸およびその周辺をカバーする約7.7km四方の区画を設定し,その範囲の水深データをコンピュータに入力することにした(図1)

 まず,Visual Explorerの地図定義モジュールを起動し,VISTAPRO DEMファイル用の設定(サイズ,グリッド間隔)で新規地図を作成する。次いで,等深線の描かれている画像5)を背景として読み込み,縮尺を設定する。Visual Explorerでは,画像中の等高線をコンピュータに認識させるために,二つの方法がある。一つは,画面に表示されている等高線を人間がマウスでトレースしてやる「手動輪郭トレース」,もうひとつは,背景画像中の色調・濃淡を手がかりに,コンピュータが線を自動認識しトレースしていく「自動輪郭トレース」である。いずれの場合でも,トレースした線に対し,その高さを入力してやることによって,コンピュータは等高線として認識する。

【図2 画像の作成過程】

 すべての等高線のトレースが完了したら,「高度の補間」ツールによって,等高線間の標高データを自動的に補間していく。範囲全体を一度に補間するのは地形が複雑なため不可能であり,いくつかの部分に分割して行った。なお,高度補間の演算処理は完全とはいえず,補間によりできた地形が実態にあわないために,局部的に手作業で修正しなければならない場合もあった。以上により作成したDEMデータを,VISTAPRO DEMファイル形式で書き出した。

 VISTAPROでは,景観シミュレーションを実現する方法の一つとして,標高の違いにより地表の状態を三つに区分している。すなわち,樹木限界線,雪線の高度を指定することにより,低位側より樹木域,地肌,積雪地と地表のようすが変化する。そして,それぞれに対応する色(例えば,樹木域−緑,地肌−茶,雪−白)を指定することにより,高度別の段彩が行われる。今回は海底地形なので,この機能を応用して,雪線を0メートルにし,雪の色に緑を指定することにより,海底部は薄い黄土色,陸上部は緑色で表現した。さらに,三区分それぞれの中で標高によって四段階に色を変化させることができ,また,光の照らす方向,反射や影の強さを設定することができるので,これらを,海底の地形がわかりやすく見えるように調整した。

【図3 VISTAPROで描いた三原瀬戸周辺の海底地形】

 図3上は,1963年刊行の海図による海底地形を真上から見た図である。視点を水平方向に少し移動して描いた2つの画像を並べているので,実体視が可能になっている。VISTAPROでは,視点や眺望方向を任意に設定することができるので,海底の地形がわかりやすい方向からの鳥瞰図を作成したり,視点を徐々に移動していくことにより上空を飛ぶ飛行機から眺めたようなアニメーションを作成することも可能である。

【図4 図3を西方上空から見たもの】


▼描かれた画像をもとに考察する

 それでは,VISTAPROにより描かれた画像を見ながら,三原瀬戸付近の海底地形のようすを簡単に考察していきたい。1963年刊行の海図によると,この海域の水深は,浅瀬の部分を除けば平均で30−40m,最深部では約60mある。そして,幸崎東方の沿岸から大久野島の東方にかけて,東北東−西南西方向に浅瀬が帯状に延びている。ここは能地堆と呼ばれており,最も浅いところでは水深がわずか1mほどである。また,東側にある高根島の西岸沖にも,三角形状の浅瀬が広がっている。これら二つの浅瀬は,瀬戸内海の潮流の複雑な動きによって砂が運ばれ堆積したものであり,海砂採取はこの付近を中心に行われていた。

 1998年改補の海図をもとに描かれた地形(図3下)では,能地堆は跡形もなく消えている。また,高根島の西岸沖の浅瀬もほとんどなくなっている。つまり,水深30−40m前後の平坦面の上に堆積していた砂は,すでにその大部分が取り去られてしまったことになる。作成したDEMをもとに土砂の減少量を計算すると,約9,000万m3前後となった6)


▼議論の基礎となる情報を提供する

 瀬戸内海の環境をこれ以上悪化させてはならないが,一方で,人工構造物に囲まれた近代的社会を維持するためには,建設資材としての砂がある程度必要であることはいうまでもない。したがって,海砂採取の是非について一面的な判断はここではしない。しかし,環境への影響を配慮して行政が定めた採取量・採取区域を無視しての違法採取は許されるべきではないし,度を超えた海砂採取による環境への影響に対し,今後きちんとした対策がとられなければならないだろう。

 そして,今後海砂採取をどうするかについては,行政や業者など関係者のなかだけではなく,一般市民をも含めたさまざまな立場から意見を出し,議論していく必要があると思われる。その際に,基礎的な情報として,また社会にアピールする素材として,今回紹介したようなGIS的手法が利用されれば,地理学に携わるものとして幸いである。


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