地理情報システム学会
第2回バーチャルカンファレンス
( VCGIS '99 )


瀬戸内海・海砂採取海域の海底地形のビジュアル化

佐藤崇徳・熊原康博


【要 旨】

 広島県竹原市沖の瀬戸内海は,過去数十年間にわたって建設資材用に海砂が採取されてきたところで,環境への影響がマスコミでも大きく取り上げられている。しかし,断片的な情報が多く,地形変化としての全体像が見えていなかった。
 発表者らは,この海域について,海図に記載されている水深データをもとにDEMを作成することによって,海底地形をビジュアル化し,過去数十年間での地形変化を視覚的にとらえられるようにした。
 なお,本研究では,このような作業が簡単にできることを実証する意味合いもあって,市販のパソコン用ソフトを使用した。
 本発表では,一連の作業過程を紹介し,作成した海底地形画像を提示するとともに,こうした沿岸海域の海底地形をビジュアル化することの意義について述べたい。

【キーワード】

DEM (数値標高モデル),海底地形,瀬戸内海


はじめに

 本研究では,広島県竹原市沖の瀬戸内海(通称:三原瀬戸)について,海図に記載されている水深データをもとにDEMを作成することによって,海底地形をビジュアル化することを試みた。

図1 研究対象地域位置図

 この海域は今,いわゆる海砂採取問題で社会的にもクローズアップされている所である。瀬戸内海では,過去数十年間にわたって建設資材用に海砂が採取されてきた。1997年,採取許可の延長をめぐる贈収賄事件をきっかけに,業界ぐるみでの違法採取が明るみになり,これまで地元住民・漁民から指摘されていた環境への影響(生態系の変化,周辺地域での海岸侵食)もマスコミで大きく取り上げられるようになった。しかし,環境庁による調査が行われている一方で,「水深が30m以上も低下した」という調査結果や水中カメラによる海底の映像が報道されているものの,地形変化としての全体像が見えてこず,そのような断片的な情報をもとに「開発か保全か」などと議論しているのが現状であった。

 水面下の地形というのは,陸上の地形と違って見渡すことができないこともあって,あまり一般の人々にとってなじみがない存在である。自分の居住地近くの海面下にどのような地形が広がっているのか,ほとんどの人が知らないと思われる。地図を見慣れた専門家などなら,地図に描かれた等深線を見ることによって,地形のイメージがつかめよう。しかし,地図を得意としない多くの人にとってそれは困難なことである。なんとかGISの手法を用いることで視覚的にとらえられるようにすることができないだろうかという動機から,発表者らは,この海域の海底地形をDEMをもとにビジュアル化し,過去数十年間での変化を視覚的にとらえることに取り組んだ。


海底地形に関する資料の入手

 この海域の海底地形について知るには,国土地理院による沿岸海域地形図,海上保安庁による海底地形図および海図の3種類の地図がある。地形についての情報を得るには,沿岸海域地形図や海底地形図(2mごとの等深線が描かれている)が適しているが,沿岸海域地形図は1976年に,また海底地形図は1987年に一度刊行されただけなので,変化をとらえることができない。そこで今回は,新旧2枚の海図(第103号「三原瀬戸及付近」,縮尺1/35,000)を資料として用いた。筆者らが入手したのは,1963年(昭和38)刊行のものと1998年(平成10)改補1)のものであった。

 海図には,5m,10m,20mといった航行の際の目安になるものを除き,等深線が描かれていない。その代わりに,およそ数百メートル間隔に水深が書き込まれている。その数値は,音響測深による面的なデータをもとに,付近で最も浅い地点の水深が記載されているとのことである。船舶の安全航行という観点からの措置であるが,地形学的にいえば,その数値をもとに復元される地形は接峰面ということになろう。

 ランダムに分布している水深点からDEMを作成するには,TIN(三角形不規則網)を発生させる方法がある。しかし,数百メートル間隔で散らばっている点データだけから,コンピュータが詳細な地形まできちんと復元してくれるとは思えない。そこで,もともと描かれている5m,10m,20mの等深線も参考にしながら,地形学的なカンを頼りに水深点の間を補い,手作業で5m間隔の等深線を描いていった2)

1)
海図の更新は,期間をおいての改版のほかに,船舶の安全航行という要請から,部分的な修正に関して水路通報とよばれる情報が逐次出され,それ以後に販売される海図には修正内容が書き加えられたり,補正図が貼られたりする。筆者らが入手した1998年改補の海図とは,1986年(昭和61)刊行のものに水路通報1998年(平成10)第19号までが反映されたものである。

2)
陸上部の等高線については省略し,以下に述べるDEM作成にあたっては,陸上部は一律に標高0mとして扱った。


図2 海図に示された水深点と等深線

海上保安庁刊行 海図 第103号「三原瀬戸及付近」(1998年改補)


図3 三原瀬戸周辺とDEMの作成範囲

斜線部分は広島県が定めた海砂採取区域(現在は全面的に禁止されている)


DEMの作成とビジュアル化

 今回のDEM作成およびそれをもとにしたビジュアル化にあたっては,このような作業が簡単にできることを実証する意味合いもあって,市販のパソコン用ソフトを利用することにした。使用したソフトは,VISTAPROおよびVisual Explorerである。

 VISTAPROは,DEMをもとに三次元画像(鳥瞰図)を描画する景観シミュレーション・ソフトであるが,樹木を生やしたり,太陽光による反射や水面の波などの細かな描写も可能となっている。また,VISTAPROのパッケージに標準添付されているVisual Explorerは,スキャナによって入力した等高線図などの画像からDEMを生成し,簡易立体表示ができるほか,作成したDEMデータをVISTAPRO形式やテキスト形式などでファイル出力することが可能である。そこで,作成した等深線図をもとに,まずVisual ExplorerでDEMを作成し,VISTAPRO形式でファイル出力,そのデータを使ってVISTAPROで鳥瞰図を作成することにした。

 VISTAPROの基本となるDEMの規格は,グリッド間隔が30m,258×258グリッド(約7.7km四方)の大きさである。したがって,今回は,三原瀬戸およびその周辺をカバーする約7.7km四方の区画を設定し,その範囲の水深データをコンピュータに入力することにした。

 まず,Visual Explorerの地図定義モジュールを起動し,VISTAPRO DEMファイル用の設定(サイズ,グリッド間隔)で新規地図を作成する。次いで,等深線の描かれている画像3)を背景として読み込み,縮尺を設定する。Visual Explorerでは,画像中の等高線をコンピュータに認識させるために,二つの方法がある。一つは,画面に表示されている等高線を人間がマウスでトレースしてやる「手動輪郭トレース」,もうひとつは,背景画像中の色調・濃淡を手がかりに,コンピュータが線を自動認識しトレースしていく「自動輪郭トレース」である。いずれの場合でも,トレースした線に対し,その高さを入力してやることによって,コンピュータは等高線として認識する。

 すべての等深線のトレースが完了したら,「高度の補間」ツールによって,等深線間の水深データを自動的に補間していく。範囲全体を一度に補間するのは地形が複雑なため不可能であり,いくつかの部分に分割して行った。なお,高度補間の自動演算処理は完全とはいえず,補間によりできた地形が実態にあわないために,局部的に手作業で修正しなければならない場合もあった。以上により作成したDEMデータを,VISTAPRO DEMファイル形式で書き出した。

3)
Visual Explorerでは,スキャナによって取り込んだ画像をそのまま利用することもできるが,コンターの自動認識の精度を高めるために,グラフィックソフトで等深線をトレースし,高さごとに色を塗り分けた画像を使用した。


図4 DEMおよび画像の作成過程

▲ Visual Exploreで(コンピュータが認識した)等深線に対して水深値を入力する。

▲ 「高度の補間」ツールで等深線の間を補間し,DEMを生成する。

▲ VISTAPROでDEMファイルを読み込み,視点・方向などを設定する。


 VISTAPROでは,景観シミュレーションを実現する方法の一つとして,標高の違いにより地表の状態を三つに区分している。すなわち,樹木限界線,雪線の高度を指定することにより,低位側より樹木域,地肌,積雪地と地表のようすが変化する。そして,それぞれに対応する色(例えば,樹木域−緑,地肌−茶,雪−白)を指定することにより,高度別の段彩が行われる。今回は海底地形なので,この機能を応用して,雪線を0メートルにし,雪の色に緑を指定することにより,海底部は薄い黄土色,陸上部は緑色で表現した。さらに,三区分それぞれの中で標高によって四段階に色を変化させることができ,また,光の照らす方向,反射や影の強さを設定することができるので,これらを,海底の地形がわかりやすく見えるように調整した。

 図5は,海図をもとにディジタル化した海底地形を真上から見た図である。視点を水平方向に少し移動して描いた2つの画像を並べているので,実体視が可能になっている。VISTAPROでは,視点や眺望方向を任意に設定することができるので,海底の地形がわかりやすい方向からの鳥瞰図を作成したり(図6),視点を徐々に移動していくことにより上空を飛ぶ飛行機から眺めたようなアニメーションを作成することも可能である。


図5 VISTAPROで描いた三原瀬戸周辺の海底地形
高さ方向を10倍に強調し,北西方向から投光した。

▲ 1960年頃(1963年刊行の海図をもとに作成)

▲ 現在(1998年改補の海図をもとに作成)


図6 図5を西方上空から見た鳥瞰図
高さ方向を10倍に強調し,南東方向から投光した。

▲ 1960年頃(1963年刊行の海図をもとに作成)

▲ 現在(1998年改補の海図をもとに作成)


作成した画像による地形変化の把握

 ここで,VISTAPROにより描かれた画像をもとに,三原瀬戸付近の海底地形の変化をとらえていきたい。1963年刊行の海図によると,この海域の水深は,浅瀬の部分を除けば平均で30〜40m,最深部では約60mある。そして,幸崎東方の沿岸から大久野島の東方にかけて,東北東−西南西方向に浅瀬が帯状に延びていた(図5上および図6上)。ここは能地堆と呼ばれており,最も浅いところでは水深がわずか1mほどであった。また,東側にある高根島の西岸沖にも,三角形状の浅瀬が広がっていた。これら二つの浅瀬は,瀬戸内海の潮流の複雑な動きによって砂が運ばれ堆積したものであり,海砂採取はこの付近を中心に行われていた(図1参照)。

 1998年改補の海図をもとに描いた地形(図5下および図6下)では,能地堆は跡形もなく消えている。また,高根島の西岸沖の浅瀬もほとんどなくなっている。つまり,水深30〜40m前後の平坦面の上に堆積していた砂は,すでにその大部分が取り去られてしまったことになる。試みに,作成したDEMをもとに土砂の減少量を計算すると,約9,000万m3前後となった4)

4)
ただし,ビジュアル化のみを目的として作成したDEMのため,かなり大きな誤差が見込まれる。


社会への情報提供手段としてのGISの活用

 瀬戸内海の環境をこれ以上悪化させてはならないが,一方で,人工構造物に囲まれた近代的社会を維持するためには,建設資材としての砂がある程度必要であることはいうまでもない。今後海砂採取をどうするかについては,行政や業者など関係者のなかだけではなく,一般市民をも含めたさまざまな立場から意見を出し,議論していく必要があると思われる。

 そのように地理空間における事象に関する施策について議論する際に,基礎的な情報の把握・分析手段として,また社会にアピールする手段として,GIS的手法は大いに活用できると考えられる。特に海底の様子に関しては,冒頭にも述べたとおり陸上から見渡すことができず,イメージが湧きにくい対象であることから,環境問題に絡めて海の生態系について議論する際などにも,GISの視覚化機能を活用していくことの有効性が期待されよう。


佐藤崇徳
国立沼津工業高等専門学校

熊原康博
広島大学大学院文学研究科地理学専攻


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