11. 密教

 大乗仏教は、中観、唯識学派の成立により学問化する一方で、大衆の間では密教化していった。密教とは秘密教という意味である。

 その特質は呪術性にある。呪力の発現により、現世利益の成就をはかる。あるいは自己と絶対的な真理を体現する大日如来との神秘的な合一の体験、即身成仏を目指す。

 呪力を発現させるために唱えられる呪句は、真言、あるいは陀羅尼(だらに)といわれる。儀式は諸尊を配置した曼荼羅(まんだら)の前で行われる。

 密教的な要素は、大乗仏教の早い時代から認められる。呪句としての陀羅尼は、3世紀には成立していたとされる『法華経』陀羅尼品をはじめ大乗経典にしばしば現れる。

 ついで 4世紀ころから、それまで部分的に説かれていた陀羅尼を主として説く初期の密教経典が成立した。そして、密教特有の教義が、7世紀ころの『大日経』と少し遅れて成立した『金剛頂経』において確立された。22)

 『大日経』の説く曼荼羅は「胎蔵界曼荼羅」といわれる。『金剛頂経』の説く曼荼羅は「金剛界曼荼羅」といわれる。23)

 密教には、インドの民衆の信仰の影響が著しい。ヒンドゥーの多くの神々がとりいれられ、護法神あるいは明王(みょうおう)として崇拝の対象とされる。また、後期の密教には、性力を崇拝する快楽主義的なタントリズムの影響がみられ、男女交合を絶対視する左道密教が生まれた。

 


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 22) 頼富本宏「陀羅尼の展開と機能」(同上、第 10巻、1989年)315頁以下。【本文へ】

 23) 立川武蔵「マンダラーー構造と機能」(同上)289頁以下。  「胎蔵界曼荼羅」は、衆生の心に眠る仏になる可能性(仏性)がめざめるとき、母親が胎内のわが子を慈しむように、大日如来は太陽のような限りなく大きい慈悲の光をなげかけ、衆生を悟りへ導く。そのようすを図形化したものである。また、「金剛界曼荼羅」は、水が凍って氷になるように、清浄な智慧が凝集して、光り輝くダイヤモンド(金剛石)のようになり、全身にいきわたることを象徴している。 【本文へ】