『サーヴィトリー物語』(第3巻第277章以下)は妻の愛情を主題とするもので、サーヴィトリーが夫として選んだサティヤヴァットは結婚後1年で死ぬ運命だった。サーヴィトリーは苦行を行って、それを避けようとする。運命の日、二人は連れ立って森に入るが、夫は頭痛がするといって倒れ、死神ヤマがあらわれる。サーヴィトリーは苦行の力によってヤマに次々と願いを請い、ついに夫を死から救い、百人の子を授かる。その深い愛は、長く後世までインド婦人の称賛の的とされた。現在もインドでは毎年祭礼を行ってこの詩を唱え、幸福な結婚を祈願する。
『ナラ王物語』(第3巻第50章以下)は、全編中もっとも美しいロマンスといわれる。賭博に負けて国を奪われるナラ王とその妃ダマヤンティーの数奇な愛の物語である。付録の『ハリ・ヴァンシャ』は、戦争で重要な役割を演ずるクリシュナを、ハリすなわちヴィシュヌ神の権化として、その系譜や偉業などを述べたものである。これらは、後世の思想、文学に多くの資料を提供し、インド国民の精神生活に強い影響を与えた。
『マハーバーラタ』の物語は、周辺諸国に伝播して、ジャワ島、バリ島、マレー、タイなどの文学、芸術に影響した。一部は中国を経て日本にも伝わっている。美しい娘に誘惑されて苦行を捨てる仙人の息子の物語(「リシュヤシュリンガ」第3巻第110章以下)は、仏教では『ジャータカ』1) のなかの「ナリニカー・ジャータカ」となるが、漢訳仏典に取り入れられ、日本にも伝わって、一角仙人の物語として『今昔物語』や謡曲の『一角』となり、さらに歌舞伎の『鳴神 なるかみ』になっている。
1) ブッダの前世物語。さまざま動物や人の寓話がブッダの前世の話として語られる。
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