11. 戒(行為規範)と律(教団の規則)

 生活する上で悪に陥らないために、また教団を正しく運営していくために、具体的な行為規範が説かれ、規則が定められた。

 入信するには、ブッダ(仏)とその教え(法)と教団(僧、サンガ)の三宝(ratana-traya)を信じて、庇護を求めること(帰依)を表明する「三帰依」を三度唱えて戒を受けることとされた。

 パーリ語の三帰依は、次のとおりである。

   buddahṃ saraṇaṃ gacchāmi.(ブッダに帰依します)
   dhammmaṃ saraṇaṃ gacchāmi.(教えに帰依します)
   saṅghaṃ saraṇaṃ gacchāmi.(教団に帰依します)


 教団は男女の出家修行者と男女の在家信者の四つの集団から構成され、その運営は共和制をとっていたヴァッジ族の制度を模範として合議制によって行われた。

 教団の調和を保ち、円滑な運営をするために、戒(sIla シーラ)と律(vinayaヴィナヤ)が定められた。中国で「戒律」ということばが作られたため、「戒律」が一つの概念のように理解されることがあるが、「戒」と「律」は、互いに矛盾対立する要素を含む異なる概念である。

 戒は、特定の行為を禁止する他律的な行為規範ではない。シーラという語は「性質」の意味をもつが、この場合は「自発的に悪を離れる精神力」を意味する。教団の成員ひとりひとりが自ら守ることを決意する主体的、自律的な行為規範でる。男性の出家修行者(比丘)の250戒、女性の出家修行者の348戒、在家信者の5戒がある。1)

 5戒は、生きものを傷つけず殺さないこと・嘘をつかないこと・盗みをしないこと・婚外性交渉をしないこと・飲酒しないことの五つの戒めを守ることで、『ダンマパダ』には次のように説かれる。

 「生きものを殺し、嘘いつわりを語り、世間で与えられないものを取り、他人の妻を犯し、酒、火酒を飲みふける人は、まさしくこの世において、おのれの根を掘る。」(Dhammapada 246,247, cf. Sn.393-399.)

 一方、「律」は教団の定める規則で、他律的に出家修行者の行動と生活を規制し、教団の運営を円滑にするものである。それをまとめたものが「律蔵」(vinaya)である。律蔵は、成員の守るべき規則と罰則(波羅提木叉、はらだいもくしゃ)、および教団の行事、運営に関する規則(?度 けんど)からなる。


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1) 在俗信者の5戒は、全部受けなくても、そのうちのいくつかだけを受けてもよいとする説をとる部派もある。平川彰『原始仏教の教団組織 I』春秋社、2000年、p.114.