4) ヴィシュヌの10の化身(アヴァターラ)

(1) 魚(マツヤ)

 人間の祖マヌが、川で顔を洗っていた。そのとき手の中に小さな魚が入る。捨てないでくれという魚の願いを聞いて、マヌは大事に育てる。魚はどんどん大きくなり、ついに巨大な魚となる。海に放すと魚は、大洪水が近いことをマヌに教え、備えるよう忠告する。大洪水が起こる。魚の頭にはえた角につないだ船に、マヌとその家族、七人の仙人(北斗七星)は乗って助かる。(シャタパタ・ブラーフマナ 1.8.1-10)

 マヌを救ったこの魚は、ヴィシュヌの化身とされる。この伝説は、オリエントに伝わるノアの洪水伝説(『旧約聖書』「創世記」第6章、ギルガメシュ叙事詩、第11書板)と関係があるとみなされている。

(2) 亀(クールマ)

 神々(デーヴァ)は魔神(アスラ)たちと協力して乳海を攪拌し、不死の妙薬(アムリタ)を手に入れようとした。このとき、マンダラ山を抜いて攪拌棒として用いたが、沈んでしまうので、ヴィシュヌは亀になって海の底に潜って下で支えた。(シャタパタ・ブラーフマナ 1.7.5-1)  乳海攪拌の神話は、牧畜民のチーズ作りに由来する創造神話の一種であろう。

(3) イノシシ(ヴァラーハ)

  大地がヒラニヤークシャという魔神のため水底に沈められたときヴィシュヌがイノシシになって牙で大地を救い上げた。(シャタパタ・ブラーフマナ 14.1.2)これは土着のイノシシ信仰による伝説とされる。

(4) 人間ライオン(ヌリシンハ)

 「ヌリシンハ」(あるいは、ナラシンハ)とは、ライオン(シンハ)の頭を持つ人間(ヌリ / ナラ)のことである。

 ヒラニヤカシプという魔神が「昼にも夜にも、動物、人間、神々によって殺されることがない」という願いをブラフマーに許され、不死身となった。ヒラニヤカシプは、人や神を殺す非道を行い、ついには自分の息子プラフラーダも殺そうとする。プラフラーダは、ヴィシュヌに助けを求める。ヴィシュヌは、昼でも夜でもない夕方に、人でも動物でもないヌリシンハになり、ヒラニヤカシプを退治する。

(5) 小人(ヴァーマナ)

  (宇宙の)第7トレーター期に、全世界はバリという魔神(アスラ)が支配し、神々をも苦しめた。そこへヴィシュヌが現れ、小人になってバリが催す祭に出かける。ヴィシュヌはバリに「あなたは三界の王です。あなたの中にすべてが収められています。王さま、どうか私に3歩で歩いた分だけの領土をください」と願う。ヴィシュヌが小人なので、バリはその申し出を喜んで許した。すると、小人は突然巨大になり、天、空、地、すなわち全世界を3歩で歩いた。(あるいは、2歩で天界と地界を跨ぎ、3歩目をバリの頭に載せて、バリを地獄の底に沈めた。)(ヴァーユ・プラーナ 2.36.74f.)

(6) ラーマ

 ラーマは、叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公である。コーサラ国の王子ラーマは、腹違いの弟バラタの母が横槍を入れたため王位につけず、都アヨーディヤーを去って森林生活をする。ラーマが森の魔神を退治したところ、魔神の長ラーヴァナが怒り、森を襲ってラーマの妃のシーターをさらってランカー島へ連れ去る。ラーマは、猿王スグリーヴァを助けた縁で、その家来ハヌマーンの援助を得る。ラーマは、猿軍団の助けによってランカー島に渡ってラーヴァナを倒し、無事シーター姫を助け出す。

 インドだけでなく、東南アジアにも広まった有名な話である。猿の助けによる遠征物語は、中国では西遊記となり、日本では桃太郎のおとぎ話になっている。

(7) パラシュラーマ(斧を持つラーマ)

 カールタヴィーリヤ王がジャマドアグニ仙人の庵を訪れた。ジャマドアグニ仙人は、カーマ・デーヌ(望みのものを出す牛)でカールタヴィーリヤ王をもてなす。恩知らずの王は、仙人からカーマ・デーヌを奪ってしまう。仙人の息子パラシュラーマは、怒って王家に出かけて行き、王を殺す。王の息子達は、仕返しにジャマドアグニを殺した。すると、パラシュラーマはクシャトリヤ階級の男を21度皆殺しにする。

 穏やかな性格をもつ神として描かれる傾向が強いヴィシュヌの伝説の中では異色なものである。バラモンとクシャトリヤの覇権争いを反映しているとされる。

(8) クリシュナ

 クリシュナは、とりわけ重要なので後述する。

(9) ブッダ

 神々(デーヴァ)が魔神(アスラ)たちと戦い敗れた。神々はヴィシュヌに助けを求めた。ヴィシュヌはブッダとなり、魔神、悪人達にヴェーダをすてさせ、悪をはびこらせ、破滅に追いやった(バーガヴァタ・プラーナ 1.3.24)。

 あるいは、『ギータ・ゴーヴィンダ』によれば、動物を哀れんだヴィシュヌは犠牲として動物を用いることをやめさせるためブッダになった。仏教とヒンドゥー教の融合が背景にあるとされる。

(10) カルキン(kalkin)

 カルキンは、未来に現れるヴィシュヌの化身である。カルカは「罪、悪」の意味で、カルキンはそれをもつもの。宇宙の破滅するとき、白馬にまたがり抜いた剣を持ったヴィシュヌ(カルキン)が現れ、悪人と善人を選別し、黄金時代を回復するという。

 この話には、ゾロアスター教の終末観やキリスト教のイエスの再臨と最後の審判の思想の影響があるという説もある。直接には仏教が未来仏(未来に現れてあらゆるものを救済するブッダ)として説くマイトレーヤ(弥勒)菩薩にもとづくとされる。


【次へ】【目次へ】


1) 【本文へ】