ひとりごと51  「『方法序説』との再会」

2018. 5. 1 佐藤 憲史

「ひとりごと50」でデカルトの「コギト エルゴ スム」を引き合いに出した.それは確か「方法序説」に出ていたなと思い,三島市図書館で「『方法序説』を読む−若きデカルトの生と思想」(1)を借りて読んだ.デカルトは近代科学や近代哲学の創始者として現代でもその意義は大きいことが述べられている.その後,自分の本棚をさかしてみたところ,セピア色になった小さな文庫本,「方法序説」が出てきた.小場瀬卓三翻訳の角川文庫版(2)である.本の中に「19711月」とメモ書きがあり,高校1年の終わり頃に入手したことがわかる.どのような経緯で手に入れたか記憶は全くないが,読んだ覚えはある.ところどころに線が引いてある.「コギト エルゴ スム」,訳本では第4部で「私は考える,だから私は存在する」と出ている.そこに線はなく,読み流したようだ.今でも当たり前なことを言っているように感じるし,逆に自分が存在するから考えるのではないかと思う.線が引いてあるのは,第2部「準則」,第3部「格率」の部分である.いわゆるデカルトの方法的懐疑と演繹法についての強い意志に感銘を受けたようだ.「ソクラテスの弁明」もそうだが,知ったかぶりをすること,わかったつもりになることの罪悪を,わからないことを「わからない」と言う勇気を教えられた.私のその後の思想や科学に向かう姿勢に多大な影響を与えた.デカルトの「方法序説」は世界史的に影響があったのだろう.デカルトは有神論者であり「方法序説」では神の存在を証明し,人間の意識や精神が特別なものであることが述べられている.この辺の記述で途中からついて行けなくなったようで,後半には線は全く引かれていない.今読んでみると,第5部で動物や機械と人間の違いについて論じており,興味深い.動物と人間の違いが言語にあること,機械が言語を発するように仕組むことができたとしてもそれは仕組まれたように反応するだけであること等が述べられている.現代では人工知能技術やそれに基づくロボットが進歩しているが,ロボットが心や意志を持ちうるかといった問題にもつながる.そのようなことをデカルトは400年ほど前に考えていたことになる.

人間の意識や心をどうとらえるか,小林道夫著,「科学の世界と心の哲学」(3)という本を知って読んだ.この本でも随所にデカルトが出てくる.本の前半では近代科学の成立史と科学の到達点を概観している.科学革命と言われる近代科学の成立ではガリレオとデカルトの2人の業績が大きいことが述べられている.私の理解はあやふやで,古代ギリシャのアリストテレスの頃から現代まで科学史を整理してみようと思った.特にガリレオについて概略しか知らない.そこで沼津高専の図書館にあった「世界の名著 ガリレオ」(4)を借りた.その中に豊田利幸による「ガリレオの生涯と科学的業績」というちょっと長い解説文があり読んだ.豊田さんには大学の時に指導していただいたが,思わぬところで再会した気分である(豊田さんは2009年に亡くなっている).豊田さんはガリレオを敬愛しており,ガリレオが人生の源泉となったようだ.豊田さんのように原文で読むのは無理だがガリレオの著書を日本語訳で読んでみようと思う.

小林道夫氏は科学技術の進歩と貢献を認めつつも「心」は科学では解明し尽くせないということを展開している.単純な唯物論では人間の意識を説明できないことが述べられている.唯物論では諸現象の因果を無意識の物体,物理的な存在に還元するが,意識を無意識の物体に還元することは矛盾であり不可能であると主張されている.人間の選択や行為における自由意志,他者の心の存在などについて科学では説明できないこと,非空間的な「心」の存在と,空間的な広がりをもつ物理的存在との二元論を受け入れている.この二元論はデカルトが開示した哲学的な立場とされている.私は心でも何でもすべて科学で解明できるとは思っていないが,意識や精神が人間に特有なものとは考えない.進化論に基づけば人間も単純な生物から進化した結果であり,道具や言語を創造し活用して行く過程で脳が発達し,「心」が独立した存在であるかのように認識されるようになってきたと考える.神や霊魂も人間の意識上の創造物であり,物理的な存在ではない.脳が停止すればすなわち死ぬと意識も精神も消滅する.動物も脳を持っているが,人間のような意識はないように見える.人間は自意識があり他者と区別する.動物には自意識はないだろう.人間はいかにして動物とは異なる意識を持つようになったか,赤ちゃんから子供への成長過程における研究などあるだろう.意識について観念論によらない明確な説明はあるのだろうか.

 

(1) 山田弘明,「『方法序説』を読む−若きデカルトの生と思想」,世界思想社,19958月.

(2) 小場瀬卓三訳,デカルト,「方法序説」,角川文庫,19708月.

(3) 小林道夫,「科学の世界と心の哲学」,中公新書,20092月.

(4) 豊田利幸責任編集,「世界の名著 ガリレオ」,中央公論社,19736月.

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