ひとりごと49  「沢登りについて」

2017. 11. 29 佐藤 憲史

日本の美しい風景を挙げると,山や海,田畑とともに渓谷がある.―渓谷とか―峡という名前の景勝地が全国に多数ある.山や海は,その雄大な眺望で見る者を圧倒する.日本の渓谷には雄大さはあまりないが,澄んだ水が流れており,色や形など変化にとんだ美しさがある.渓谷に沿って遡行することを,登山の世界で「沢登り」と言っている.私は若いころ,その沢登りに魅せられた時期があった.子供のころ,小川で魚を取ったり,大きな川(最上川)で釣りをした.小川に沿ってヤマトンボが飛んでいた.山に行けば沢とその周辺で山菜が取れた.沢登りは子供のころの水遊びの延長ともいえるが,それだけではない魅力がある.最近久しぶりに沢登りをやる機会があり,その魅力とは何なのか考えてみた.

山に登るには登山道がある.沢登りは登山道から外れたバリエーションルートである.沢登りの対象になる沢は,硬い岩でできたところが多い.水流に沿って登ると滝や淵,廊下状の峡谷(ゴルジュ)など様々な障害が現れる.登山道でないところを登る行為は冒険心をかきたてられる.道のないところであれば沢でなくとも尾根でも藪でも良いのだが,沢沿いに登る方が容易な場合がある.日本の山で登山道を外れると,植林されていない尾根沿いには天然の樹木や藪草が密集しており,登ることが困難である.歴史的にも沢に沿って登山道が開かれたところが多い.例えば甲武信岳に登る東沢釜の沢などがある.北海道では沢しか登るルートがない山々もある.沢登りは,登山道が整備されていなかった昔の山登りを疑似体験する行為ともいえる.自然に触れるというよりも,野生動物になったような気分を味わえる.

沢は支流を含めれば山の数の何倍かあるだろう.それぞれが異なる構造を保ち個性がある.その様相などは一歩一歩たどってみなければわからない.谷川岳に一ノ倉沢という,岩登りで有名な所がある.沢を詰めたところに急峻な岩壁が広がっており,巨大な空間を形成している.そこにある一つの岩溝(ルンゼ)を詰めて稜線に出たときの爽快感は,今でも鮮明に覚えている.谷川岳周辺の沢は,硬く白っぽい岩でできており明るい.2000メートルに満たない山々であるが,雪深いこともあり,稜線では森林限界を超えていて展望が良い.好きな山域である.

神奈川に丹沢山地があり,沢登りの対象となる沢がたくさんある.住んでいたところから近く日帰りでよく行った.今年2度ほど丹沢の沢を登ったが,夏,山ヒルにやられた.下山して着替えるときに足や手,背中にまでヒルが食いついていたり血が出ていた.30年ほど前はほとんど見かけなかった.沢やその周辺ではヘビやカエル,ハチにも出くわす.クマにはまだお目にかかったことはない.

沢登りは少々危険である.沢登りに限らず登山一般で遭難が多発している.ハイキングでも遭難騒ぎが起きている.道路を歩いたり自転車に乗っていたりしても事故に遭う.私は山の事故も交通事故もそう変わらないと考えている.危険はどこにでも潜んでいる.登山でこけたり滑落してけがをしたり,いろいろ危ない経験をした.そういう経験があって注意するようになる.危ないから止めようとは思わない.子供にナイフを使わせれば危ないし,指をけがすることもある.私も何度かナイフで手を切った.しかし,危ないからといってナイフを使わせないというのはおかしい.交通事故があるから車を使わないとはならないだろう.登山もしかりだ.自分の体力や力量,技術を踏まえて計画を立てる.沢登りではコースガイド本があり,その沢の難易度から等級が示されている.1級が初心者向き,2-3級が中級者,4-5級は上級者,というようにグレード分けされている.岩登りも同じようなグレードがある.自分の力量にあった沢を選び,慎重に計画を立てる.いろいろ失敗はあるが,そうやって経験を積んでいくしかない.

沢登りの事故は,滝などの登攀における滑落が主だ.水しぶきを浴びながら滝を登攀するのは気持ちいいが,滑って落ちるとけがをする.濡れた岩は滑りやすい.滝のような急傾斜でなくとも河原でも岩の上で滑る.岩に苔が生えたりして滑りやすくなっている.沢登り用のシューズがあり,底にフェルトを貼り付けるなど滑りにくくしてある.30年前はわらじを使った.地下足袋の下にわらじを着けると苔むした岩でも滑らなくなる.今の渓流用シューズより滑りにくい.わらじは優れた履き物なのである.江戸時代までわらじは最も一般的な履き物だった.しかし,昨今では入手困難になっている.ネットで販売しているが2000円程度と高い.それを嘆いていたら友人に,「自分で作れば」と言われた.師匠を探して作り方を教わってみようか.

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