ひとりごと47  「『世の期待』とは」

2017. 4. 20  佐藤 憲史

沼津高専の教育理念は,「人柄の良い優秀な技術者となって世の期待にこたえよ」である.これは,初代校長井形厚臣氏の遺訓とのこと.ちなみに沼津高専の創立は1962年である.戦後少し経った頃で,日本は高度成長に向かっていた.科学技術で世の中が発展するという思い込みがあり,実際に右肩上がりの奇跡的な成長をしてきた.しかし,現代は地球環境問題など,これまでの科学技術発展の延長では解決しない問題が山積みである.例えば1960年代に希望の技術であった原子力発電について,「世の期待」は大きく揺らいでいるように見える.

「世の期待にこたえるために高専に来たのではない」と言う卒研生がいた.「世の期待にこたえよう」なんて,しょっちゅう思っていたらうつになりそうである.そもそも「世の期待」とは何か?現代日本は資本主義社会であり,企業の利潤をあげることか.ドラッカーは,次のように言っている.ビジネスの目的は,利潤をあげることではなく,”create a customer”である.そのためには,marketing innovationが大事であると (P. F. Drucker, “Management,” Collins Business, 2008).新たな客が使うものを産み出すことを第一に考え,利益は二の次である,と言いたいようだ.「世の期待にこたえる」は,現代では「社会のニーズをつかんでそれを実現する」というように理解すればいい.「世の期待」,「社会のニーズ」もまずは自分の期待,ニーズから出発すればよい.自分がほしいと思ったものやあればよいというものを実現する.ただ,今の日本はものであふれている.若者は何を求めているのだろうか.

沼津高専の教育理念を知った時,前にいた会社で教わった「知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵を具体的に提供しよう」を思い出した.1948年に発足した電気通信研究所(NTT研究所の前身)の初代所長吉田五郎氏の言葉であり,NTT研究所の理念として受け継がれている.初代の最高責任者は似たような発想をするようだ.どちらも昭和のにおいがする.この文章に出てくる「実用化」は電気通信研究所の造語と聞いたことがある.確かに英語にはなく,直訳するとpractical realization が出てくるがしっくりしない.英語ではもともと”research and development”を使う.日本語でもその訳である「研究開発」を使うが,「実用化」という方がわかりやすい.つまり,ネタは海外にあり,欧米技術の移転の時代であった.ただ技術を持って来るのではなく,日本に合うように「実用化」したのである.日本独自の技術も育成し融合させながら発展してきた.欧米で商用化できず投げ出したが日本の企業が「実用化」した技術も,液晶などいくつかある.「世に恵を具体的に提供しよう」は「上から目線」と取れないこともないが,”create a customer”と解釈すればよい

このような勝手な解釈もいいが,現代風の言葉を考えてみよう.

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