ひとりごと25  「公開講座:視覚のふしぎ」

2010. 8. 10.  佐藤 憲史

 

2007年度から沼津高専・公開講座「視覚のふしぎ」を開講して,今年で4回目になる.講座といっても13時間きりで終わる短いものだ.小中学生対象で,毎回10人前後の参加者がある.私のホームページ,「学業・研究」欄に,2007年度のテキストファイルを掲載している.学校のホームページには,33ある公開講座の案内が載っている.ロボットやパソコン,電子工作など多彩な内容があり,近隣の小中学生が参加している.小中学生に理科への興味を喚起し,将来の沼津高専志望へつなげたいというのが,一つの大きなねらいである.

私は,本来の専門とは少し離れて自分の興味である視覚について,題材をとりあげている.「なぜ色や立体が見えるのか?」をサブテーマに,AHA体験,陰性残像の実験,ベンハムのコマの工作と観察,アナグリフやステレオグラムによる立体視の体験,錯視の観察などを行っている.

はじめに,AHA体験で,「見ていても見えていない」ことを実感してもらう.次に,陰性残像やベンハムのコマによって,色のないところに色が見えることを体験してもらう.他の動物が違った色の世界にいること,人によって色が違って見えていることを示したいが,それは難しい.色覚特性の検査を行えば,ちょっと色の見え方の異なる者を区別することはできるが,それだけでは意味がなく,人権侵害になりかねない.光が目に入り,網膜にあるセンサに電荷を発生する.それが電気信号となって脳に達し,色や形が認識される.光の強いところが白く見え,弱いところが黒く見えるのは何とかうなずける.光がないということは,暗黒の世界なのである.光が電磁波であり,波長の違いが色となって感じられる.単なる波長の違いが赤や黄色,青という色に認識されることは,どのように説明されるのか.味覚では,塩をなめると塩辛く,砂糖をなめると甘い.視覚では,血をみると赤く,空を見ると青い,ということになるが,色は何か客観的にあるもののように感じられる.それは目に見えているという,他の感覚とは違う客観性を感じさせるものだからだろうか.赤い色が与える感覚は,血を見たときの恐ろしさといった記憶を思い起こさせるのであり,「色は心理的なもの」というのが定説である.心理的なものでありながら,赤は赤として再現性が非常に良いので何か客観的なもののようにも思える.人間を含めた霊長類は,赤・緑・青の3原色の世界にいるが,他の哺乳類は,赤・青の2原色の世界にいる.霊長類は,若葉を食べたとき大変おいしかったので,若葉を見分けられる緑のセンサをもつように進化してきたという説がある.講座では,「色とは何か」という疑問に導きたいのであるが,小中学生にはピンとこないようだ.そこで,ベンハムのコマで色の観察をして区切りをつける.

講座のもう一つの内容は,立体視である.最近,3Dの映画が話題になっており,3Dのテレビが電気店にも展示されているので,関心は高い.まず,従来からある赤青メガネを使ったアナグリフや3D映像を見てもらう.次に,ステレオグラムのサンプルや本を見て楽しんでもらう.アナグリフで使う左右の2枚の写真を並べて見るだけで立体視ができるが,この裸眼立体視ができない受講生が必ずいる.その割合は23割だろうか.2つの絵やステレオグラムのサンプルから立体的な像が浮かび上がる時の脳の感覚を体験してもらいたいが,できない人に説明するのは大変難しい.できないといっても,普段には立体視をやっているのであり,それと同じようなパタンを見せて立体と錯覚することができないだけである.左右の視界を分けるカードや筒を使った方法で,見えるように練習してもらうが,あまりうまくいかない.たいていは,途中であきらめる.ここは何とかしたいところだ. 2つの眼から入った視差のある2つの像を脳が処理して立体,つまり,奥行きを感じている.2つの耳による聴覚も立体を認識できる.どのように脳が処理しているかよく分からないが,ステレオグラムを使って脳がやっていることを実感してもらいたい.

3Dのテレビが売り出されている.将来,3Dのテレビ放送が始まるかもしれない.音の世界では,立体化(ステレオ化)はごく当たり前である.ただし,3Dの映像では気分が悪くなる人もいるようだ.現状では特殊なメガネが必要であり,広角レンズで見たようで,現実のものより立体が誇張されているように感ずる.視覚や聴覚が立体を認識できるのは,例えば,車が後ろからきているとわかるか,現実世界では不可欠だ.しかし,映画やテレビでどれだけ意味があるか,考えさせられる.

講座では,最後にいろいろな錯視の絵を見てもらう.「見ていても見えていない」ことや「違って見える」こと,「よく見てごらん」ということを述べて終わる.視覚に限らず,生物が持っている感覚というのは単なるセンサではなく,脳と結びついて脳において情報処理している.それが生きているということである.各自が見ている風景や色は各自の感じ方で異なっているし,他の動物は全く異なった見方をしている.そんな事を想像できるようになれば楽しいと思う.そこで,「知魚楽」という,大学の時に憶えた言葉を思い出した.

 

 

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