ひとりごと20  「経済とエントロピー増大則」

2010. 3. 20.  佐藤 憲史

 

 「ひとりごと19」で,「経済的な価値,いわゆる剰余価値の発生は,エネルギー保存則に反するのではないか」という,学生のころ抱いた疑問を思い出し書いてみた.このことを環境問題に詳しいKさんに話したら笑われた.つまり,太陽光エネルギーが重要な役目を果たしていることは確かだが,エントロピーを考えないといけない.太陽から地球に流入するエネルギーと地球から宇宙に排出されるエネルギーは,定常状態であれば等しい.問題はエントロピーである.太陽から輻射される光は6000 Kという高温での黒体輻射である. それを地球で受け取り,300 Kの地表から熱を低温の宇宙に放出している.小さいエントロピーの太陽光を,大きなエントロピーに変換して外部に捨てている.それで地球は成り立っている.エネルギー保存則は熱力学の第1法則であり,エントロピー増大則が第2法則であることは大学で学んでいる.このような物理的な見方で,人間的な経済活動をとらえるとどうなるのか.

「地球の環境破壊」という,人類が遭遇しているかつてない大問題について,エントロピーをキイワードに論じているリフキンという方の著書 [1] を思い出し,読みなおしてみた.熱力学に基づいて地球を物理的にとらえることには多くの研究があるが,この本は,歴史・思想・経済など多角的な視点から論じている.この著書で経済活動について述べているところを引用しよう.

われわれは生きるために働き,物を買う.また,買ったものを捨てたり,あるいは他のものと交換する.経済活動とはまさに,このエネルギーの流れを指す.労働を製品に付加したりサービスを行うたびに,われわれはエネルギーを消費し,また環境における全エントロピーを増大させている.同様に,製品もしくはサービスを通貨と交換するごとに,消費されたエネルギーの代価として通貨が支払われる.要するに通貨とは,蓄積されたエネルギーに対する信用に他ならない.俸給および賃金は,行われた労働ないし消費されたエネルギーの代価なのである.

経済活動はエネルギーの流れであり,賃金はエネルギーの代価であるとされている.価値と等価でそれを具現化したものが通貨であり,エネルギーの代価とすれば,エネルギー保存則が成り立つ閉じた系では通貨の総計,つまり価値の合計も一定となる.経済活動は,単なる価値の分配の問題ということになる.しかし,地球は閉じた系ではなく,周囲の宇宙とのエネルギーの出入りがある.太陽光,物理的にはフォトンという形態で莫大なエネルギーが地球に流入している.それがいろいろ形を変え,最終的には赤外線という,これもフォトンとなって宇宙に放散している.人間は,外部からエネルギーを取り入れて仕事をし,エネルギーを放出する.エネルギーの収支はトントンであるとしよう.仕事をすると使用可能なエネルギーが「使用不可能なエネルギー」,熱などとなって散逸する.これがエントロピー増大ということである.労働は,その対象となる系のエントロピーを減少させる.例えば,掃除するというのは散らばったものを整頓しているのであり,エントロピーを減らしている.また,物を製造するということは,ばらばらな材料からある整ったものを作るのであり,結晶を作るなどはまさしくエントロピーを減少させる作業だ.労働にはエネルギーの消費が伴い,全体としてはエントロピーを増大させている.地球という系では,しかし,宇宙にエントロピーを捨てることでエントロピー増大を逃れている.自然現象も人間の活動も,地球内だけを見れば,エントロピー増大の法則からずれている.石油や鉱物がある高い純度である場所に局在しているのは,まさしく自然界におけるエントロピー減少である.

人間の活動もエネルギーの流れとエントロピーの増減ととらえることができる.よく分からないのは価値というものだ.価値は,エントロピーのように,人間の労働でどんどん増え,豊かになるものだろうか.あるいは,投資したものや貨幣,エネルギーよりも多くのものを産み出せるのか.「ひとりごと19」では,太陽光という外部からのエネルギーをただで取り入れて仕事をするので,より多くの価値を産み出せると述べた.しかし,リフキンの著書にもあるように,「太陽エネルギーの流入によって物質を生産することができる」というのは思い違いである.植物は,太陽光を使って,水と二酸化炭素を酸素と糖に変換している.産み出された酸素と糖はもとの水と二酸化酸素よりも高いエネルギーをもつ.酸素と糖は人間や他の生物が,再び,水と二酸化炭素に変換する.物質は形態を変えながら循環している.その時,エネルギーは流れているが,系の持つエネルギーはほぼ一定だろうか.いや,人口が増えたりして,地球内部のエネルギーが増えることもありうる.地球温暖化はまさしく地球内部のエネルギー増大である.この場合は,しかし,人間生活にとってはありがたくない現象だ.人口増加や温暖化,砂漠化など問題になっている地球規模の現象は,よく考えると訳がわからなくなる.ともかく,文明の進歩で人類はどんどん豊かになるというのは,幻想でしかない.それどころか,地球上では10億人ほどの人間が満足に食えない状態にあるし,アメリカは貧困大国 [2] でもあるなど,この世は矛盾に満ちている.

 

[参考文献]

[1] ジェレミー リフキン著,竹内 均訳,「エントロピーの法則 地球の環境破壊を救う英知」,祥伝社,19902月.

[2] 未果,「ルポ 貧困大国アメリカ」,岩波新書,20081月.

 

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