ひとりごと14 「大学進学について」

2008.12.24  佐藤 憲史

 

高専4年生の担任をしている関係で,進路について相談を受けたり進路指導にかかわる機会が増えた.高専生は5年間の学業を修了すると,就職するか,大学編入という進学の道を選ぶかに分かれる.沼津高専の進学率は,5割前後である.進学には高専の専攻科も含まれる.専攻科は2年間で修了し大卒の資格が得られる.ただし,学位は外部の学位授与機構から与えられるものであり,所定の審査をパスしなければならない.高専生の就職状況は大変良好であり,もともと学生数が少ないこともあり,いろいろな企業から引っ張りだこの状態である.大卒では希望者が殺到してなかなか就職できないような優良企業へも高専からは就職できるケースがあり,学生は迷うようである.

「できれば進学してさらに高度な教育を受けた方がよい」ということはだれでもいえるが,「大学進学」の是非はそう簡単ではないと思うようになった.普通高校で進学校といわれるところでは大学進学率はかなり高いと思われる.大学に行かないと専門的な教育は受けられないので高卒での就職は考えにくい.そもそも大学に行こうとして進学校に入学している.高専に入学してくる学生は,大学進学か就職か,保留しているようなところがあり,大学への志向性はあまり強くないと感じる.「高学歴が高収入につながり豊かになれる」という神話があるのか,韓国や中国では,教育への親の関心がかなり過熱しているようだ.日本でも生涯賃金をみれば,学歴による格差は歴然としてある.退職金などを除いて60歳定年までの生涯賃金を推計した報告がある(労働政策研究研修機構,「ユースフル労働統計 労働統計加工指標2008」,pp. 259-290, 2008).それによれば,大卒は約3億円であり,高専卒や高卒では約1割低下している.大卒では就業年限が短く,大学卒業までの学費負担が増える.しかし,生涯賃金は負担を超えて高くなるので大学教育への投資は決して無駄にはならない.自由に勉強できてさらに収入が高くなるのだから,大学へ行こうとするのは当然である.ただし,大学で勉強するには相応の学力が要求され,試験をパスしなければ入学できない.また,勉強をする意欲と意志がなければならない.

高専生は健全に進路を選んでいるのかもしれない.学力が伴わなく,あまり勉強が好きではないと自覚する学生は進学しない.普通高校であればともかく大学へということであまたある大学から選んで進学することができる.高専では大学の3年次へ編入することになるが,ほとんど有名国公立大学に進学している.豊橋技科大や長岡技科大は高専生を受け入れるための大学であり,レベルが高いようだ.

高専でかなり成績が良くても進学せず,就職する学生がいる.家庭の事情などもあるのだろうが,大学へのこだわりがあまりない.高専で専門的な教育を受けて就職して実業を経験したいということもあろう.「学校の勉強は役に立たない?」でも述べたが,学校で習う勉強よりも企業や社会の方が科学技術が進んでいることはたくさんある.一度,仕事を経験してから学んだほうがいいかもしれない.例えば,英語は企業に行ってから必要に迫られ身につけた経験がある.社会に出て学ぶ意味がわかり,努力する人もいる.しかし,一度就職すると途中で大学に行って学ぶといったことはなかなかできなくなる.仕事をしながら自己啓発として自分で勉強するしかなくなる.大卒でもそれは同じだ.

学歴は会社や組織の中での処遇の違いになって現れる.それが生涯賃金に反映してくる.それでも平均で1割程度の差でしかないともいえる.努力しだいで大きく変わる.そのようなことを考えると,積極的に大学進学を勧めることには力が入らなくなる.教職や研究職など,やりたい分野や職業に関して,それは大学に行くべきということは言える.高専でやる勉強は,物理や電気の分野では古典論だ,量子力学など最先端の科学を学ぶには大学に行く必要があることも言える.大学で学ぶことがどれだけ魅力があり,将来性があるか,語れるといいのだが,理学部物理出身の私が言うことはあまり学生に響かないようだ.そう思いつつ,今秋,母校名古屋大学の先輩がノーベル物理学賞を受賞したことは学生の前で大いに自慢した.

 

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