インダクタンス設定による最大トルク制御

同期モータの位置センサレス制御においては,正確な回転子の位置推定に加えて,最適な電流位相で制御することが, 効率向上や駆動範囲拡大のために重要となります.電流位相制御の代表例として,最大トルク(/電流)制御や弱め磁束制御などがあります.

オブザーバに代表されるような,モデルに基づくセンサレス制御においては,モデルにパラメータ誤差が生じた場合,これらの位置推定や電流の位相制御に対して誤差を生じるため,モータ効率低下や制御不安定といった悪影響が生じることがあります.そのため,従来からオブザーバを用いたセンサレス制御のパラメータ誤差と制御性能の関係が研究されてきています.特に,モータパラメータのうち,q軸インダクタンスは,磁気飽和により変動する性質を持っているため,そのインダクタンス誤差に対するロバスト性を確保することが必要となります.

提案手法は,回転子の位置推定と電流の位相制御を統合した方法の一つであるといえます。 この方法は,オブザーバのインダクタンス設定値を変更するのみで,SPMモータと同じような簡単な制御(i*d=0制御)により, IPMモータの最大トルク制御を実現できます.しかも,インダクタンス変動に対するロバスト性も向上できるという特長があります.

提案するインダクタンス設定値の導出

拡張誘起電圧オブザーバのインダクタンス誤差による位置推定誤差(定常状態における解析解)*[1]と,最大トルク制御座標系(f-t軸)の位相角φ*[2}を等しいと置いた条件より,次式のようなインダクタンス設定値を考えることができます.

...(1)

これを,物理的に存在する磁束や電流との対応だけにとらわれることなく,拡張誘起電圧オブザーバが推定する座標系を最大トルク制御座標系に一致させるための制御定数と見て,オブザーバに設定します.

このインダクタンス設定値は,上式が示すように,電流に応じて変化する値を取りますが,実際には一定値とすることもできます.

制御系の全体構成

下の図は,上記のインダクタンス設定を用いたセンサレス速度制御系の構成例です.

最大トルク制御を行うための電流指令を与える最大トルク制御器が不要であり,d軸(実際はf軸に相当)電流指令として0を与えておくことで,結果的に最大トルク制御が行えます.オブザーバには上記インダクタンス誤差を与えているため,間接的に推定座標系が角度φだけ回転座標変換されたことになります.使用するオブザーバとしては,一般的な拡張誘起電圧オブザーバそのままでOKです.

これはオブザーバにウソのインダクタンスを教えることによって,意図的に位相誤差を発生させ,そのときの推定座標がちょうどf-t軸に重なるようにインダクタンスを選んでいることになります.f-t軸の上では,f軸電流を0に制御することで,最大トルク制御が実現できます.そのため,この手法は,電流ベクトル制御の観点から見たとき,突極機であるIPMSMを,あたかも非突極機であるSPMSMのように取り扱える方法であるといえます.

位置センサレス制御のロバスト性について

この手法は,さらに位置センサレス制御のロバスト性も向上できるという特徴があります.このとき,ロバスト性の意味としては,今の場合,次の2つの性質を考える必要があります.

ロバスト性能(Robust Performance)
パラメータ誤差があっても電流ベクトルが目的の電流軌道から大きく外れないこと
ロバスト安定性(Robust Stability)*[3][4]
パラメータ誤差があっても位置推定誤差が平衡点近傍に留まっていること(発散しないこと)

提案手法は,実はこの両方の意味で位置センサレス制御のロバスト性を向上できる可能性を持っています.大沼研究室では,この方法に基づいて様々なモータに適用できるパラメータ誤差にロバストな位置センサレス制御の確立を目指し,研究を進めています.

参考文献

*[1]
市川・冨田・道木・大熊「拡張誘起電圧モデルに基づくシンクロナスリラクタンスモータのセンサレス制御とそれに適したインダクタンス測定法」電学論D,Vol.125-1,pp.16-25(2005)
*[2}
大沼・道木・大熊「トルク脈動を発生させない突極型同期モータへの交流信号重畳法」産業応用部門大会,l-59,pp.287-290(2008)
*[3}
大沼・道木・大熊「パラメータ誤差に対する安定解析に基づいた拡張誘起電圧オブザーバのインダクタンス設定法」,産業応用部門大会, 1-103(2009)
*[4]
大沼・道木・大熊:「拡張誘起電圧オブザーバのインダクタンス設定のみで実現する最大トルク制御」,電学論D,Vol.130,No.2,pp.158-165,(2010)
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