トルク脈動を発生させない交流信号重畳法

位置センサレス制御の中で,モータが低回転の状態においては,モータを駆動させるための電圧に加え,位置推定のために補助的な信号を与えて,回転子の位置情報を得る様々な方法が既に提案されています.

本研究では,位置センサレス制御において,回転子の位置情報を取り出すための補助的な信号成分を,トルク脈動を与えずにモータに印加する方法を提案しています.提案手法では,最大トルク制御座標系という特徴的な座標系を利用して,トルクに寄与しない電流成分に信号を加えます.そのため,信号重畳に伴う駆動トルクへの影響を最小限にできるというメリットがあります.

周波数分離と位相分離

モータ速度が低速域にある場合,一般には数百Hz帯という高周波微小信号を,モータの駆動電圧,あるいは駆動電流に重畳することによって,回転子の位置情報を取り出す方法が用いられています.このとき重畳する電流の脈動成分によってトルク外乱が発生しますが,通常,このような高周波帯域に対しては,機械系が応答しないので,速度に対する脈動成分としては十分に減衰します.このように,信号重畳による駆動特性への影響という点から見ると,従来手法は「周波数分離」の考え方に基づいているといえます.

これに対し,提案手法*[1][2]は,トルク成分と信号成分を電流の位相によって分離するため,回転子の位置情報を取り出すために加えている信号成分が,トルク外乱になりません.そもそもトルク外乱自体がない状態です.そのため,機械系や信号の周波数に依存せず,重畳した信号が駆動特性に影響を与えることがありません.

最大トルク制御座標系(f-t軸)を用いた信号重畳法

一般的にベクトル制御で用いられているd-q軸上において,IPMモータのような突極機では,トルクを発生する電流の成分として,q軸だけでなくd軸側もリラクタンストルクという形で寄与しています.したがって,通常はトルク成分と信号成分を,電流の位相によって分離することが困難です.

そこで,提案手法*[1][2]では,最大トルク制御座標系(f-t軸)という座標系を利用します.最大トルク制御座標系で見たときの定トルク曲線は,最大トルク/電流制御(注)の動作点の周りで,近似的にf軸に平行な直線のように見なすことができるという性質があります.

最大トルク制御座標系上における定トルク曲線

この性質を利用し,最大トルク制御座標系へ座標変換を行い,一方の軸(f軸)に信号を加えることによって,これと直交する他方の軸(t軸)で,信号と独立にトルクを制御できるようになります.

位相分離

提案手法の効果としては,次のようなことが期待できます.

  • システム要件の軽減
  • 振動の低減

現在,提案手法の特徴を活かし,位置センサレス制御の適用範囲を拡大する研究を進めています.

(注)最大トルク/電流制御は,同一トルクを発生させるための電流の大きさが最小になるように制御する方法です。銅損が最小になるため,突極型モータにおける高効率制御の代表的な手法として幅広く利用されています.

参考文献

*[1]
大沼・道木・大熊「トルク脈動を発生させない突極型同期モータへの交流信号重畳法」産業応用部門大会,l-59,pp.287-290(2008)
*[2]
Takumi Ohnuma, Shinji Doki, Shigeru Okuma: “Signal Injection method without torque ripple based on maximum torque control frame”, IEEJ Transactions on Electrical and Electronic Engineering, Volume 8, Issue 1, pp.87-93, January 2013
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