2.ヴァイシェーシカの基本思想 --- パダールタの体系

   ヴァイシェーシカ学派の自然観の検討に入る前に、この学派の思想の骨格を形成しているパダールタの体系を紹介する。初期のヴァイシェーシカ学派は、世界を実体・属性・運動・普遍・特殊・内属の六パダールタによって説明する。パダ ールタの原意は「語(pada)の意味するもの(artha)」である。英語で普通categoryと訳されるが、パダールタは、最高類概念とか思考形式とか概念上の存在ではなく、外界の実在で、一切万物(自然)をことばによる知の構造に即して包括的・根 源的に分類したものである。 3)

 VSの伝統的な解釈によれば、これら六つのパダールタは次のような構造をもつ。

 知覚の対象(artha)として実体・属性・運動が実在する(8.14)。4)

すなわち、外界は知とは独立のものとして実在する。

 実体は、地(土)・水・火・風(空気)・虚空・時間・方角・アートマン・マナスの九実体に分けられる。このうち、地・水・火・風が、自然界の全物質を構成する。その究極の姿は原子である。この四実体を原子とみなす背景には四要素説がある。5)

「虚空」は、VSの初期には物体がその中を移動する「空間」と理解されていたようである(2.1.20)が、6)  おそらくニヤーヤ派の五要素説の影響で早い段階に「音声の基体」と見なされるに至った。このため、「空虚な空間」に加えて音声を属性とする「エーテル的存在」という側面を合わせもつことになった。7) 英語では一般にetherと訳される。原子論にとって重要な意味を持つ「空間」の概念が曖昧であることは、インドの他派の原子論についても指摘できる。このことはインドの原子論が借用思想である可能性を示唆しているのかもしれない。いずれにせよ、「虚空」がヴァイシェーシカ学派の自然の物理的広がりを規定している。8)

 「時間」は、行為あるいは出来事について「(時間的な距離が)遠い、近い」「同時、同時でない」「速い、遅い」という表現が用いられる根拠として実在するとされる(2.2.6)。9)

「方角」の原語diśは、「指す(to point out)」という意味をもつ語根(diś)に基づく語で、「指された方位、または領域」quarter or region pointed outすなわち「方角」direction、あるいは「位置」positionを意味する。あるものが 存在する相対的な方向・位置を表わす原理である。英訳でspaceとされることが多いが、その中を鳥が飛ぶような「空間」ではなく、鳥が飛んでいる「方角」「位置」である。西洋思想の伝統では directionを categoryとすることがないため space という訳語が好まれるが、その場合「二次元平面的な space」という限定付きであることに留意すべきであろう。VSでは次のように説かれる。「2.2.12. それ(方角)に基づいて、これはそれよりも(Xに有る)という(表現がある)から、そ (の表現)が方角の(存在を証す)徴表である。」 10)

 最後の二つ、「アートマン」 と「マナス」は、人間(あるいは生き物の)精神的・知的・倫理的な現象に関わる実体である。「アートマン」は認識と行為の主体としての自我、あるいは霊魂である(3.2.4-17)。「マナス」は思考器官で、しばし ば「意」と訳されるように「こころ」に当たるものであるが(3.2.1-3)、原子大の大きさと迅速な運動をもち、アートマンの精神的な活動の手段とされるので、物質的な性格を帯びている(7.1.30)。ただし、感覚器官が原子からなる物質的なも のとされるのに対して(8.16-17)、マナスは原子からなるとされることはなく、物 質的な存在とは別の実在とされる。

 これら九実体はそれぞれ独自の実在であるが、その独自性を決定しているのは属性と運動である。各実体は固有の属性(vaiśeṣikaguṇa)を有し、あるものは運動を有し、あるものは有しない。このように実体は属性・運動によって「差異化」 されている。

 属性は、三つのグループに分けられる。色・味・香・感触は、物質的な実体に内属する。数・量・別異性・結合・分離・遠さ・近さは、一般的な属性である。認識・安楽・苦痛・欲求・嫌悪・意志的努力は、アートマンに内属する。VSに は、以上十七の属性が列挙されるが(1.1.5)後に、重さ・流動性・粘着性・潜勢力・不可見力(ダルマ・非ダルマ)・音声の七つが、これらに加えられた。

 運動は、投げ上げること(上昇)・投げ下げること(下降)・収縮・伸長・進行の五種で、いずれも実体にのみ存在する(1.1.6)。

 「普遍」と「特殊」は、実体・属性・運動が知覚され、それぞれの知が生ずる原因として働くものである。同類のものに共通の知が生ずるのは「普遍」の働きにより、個々の対象に固有の知が生ずるのは「特殊」の働きによる(1.2.3-6, 8.4-9,10.11)。11)

 また、実体は究極的には、それ自体が変化することのない原子、虚空、時間、方角、アートマン、マナスとして存在しているが、それら個々の実体はそれぞれ固有の「究極の特殊」を有することによって他の存在から差異化されている (1.2.6)。たとえば、地の原子は、どの原子も等質な無区別なものではなく、それらには一つ一つ「究極の特殊」が内属し、他の地の原子など他の存在から区別されている。このように普遍と特殊によってすべての存在は種別される。

「内属」は、以上五つのパダールタの間の分離・独立しては存在し得ない関係を表わす原理である。たとえば、糸と布のように不可分でありながら別個の実在とされる原因(部分)と結果(全体)の関係 (7.2.29)、あるいは実体・属性・運動・ 普遍・特殊のパダールタ間の分立不可能な関係が「内属」とされる。

学派名の由来については、諸説あるが、おそらく実在とみなされるものがvaiśeṣikaguṇaあるいはviśeṣaによって「差異化されている」(vaiśeṣika)ことによるのであろう。多元論的実在論という思想の本質を反映する学派名と考えられ る。 12)

 以上概観したようなパダールタの枠組みが、ヴァイシェーシカ学派の思想の基礎を成すが、そこに描かれる自然の中の実在の多様性は、単なる六つのパダールタの組み合わせからは予想されない「驚くべき種類と数の多さ」をもつものである。


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3) 本稿第9節参照。

4) VS 8.14 artha iti dravyaguṇakarmasu.

5) 野沢(1987)

6) VS 2.1.20 niṣkarmaṇaṃ praveśanam ity ākāśasya liṅgam.

7) 野沢(1987)、 野沢 (1995) p.76.

8) 「7.1.28 遍在しているから虚空は大である。」 VS 7.1.28 8 vibhavān mahān ākāśaḥ.

9) 宮元(1989)

10) VS 2.2.12 2.2.12 ita idam iti yatas tad diśo liṅgam.

11) Nozawa (1993) pp.(7)-(13).

12) vaiśeṣikamという語は、VS 10.18 saṃyuktasamavāyād agner vaiśeṣikam. に現れる。

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