4. 包含主義、あるいは多元的な信仰の共存

 ヒンドゥー教の特徴の一つに、多元的な信仰の共存があげられる。宗教の坩堝といわれるほど多数の信仰が、それぞれの独自性を保ったまま、対立し衝突する危険をたえずはらみながらも、共存・共栄している。

 このような状態を支えている精神は、寛容(tolerance)というよりも、包含主義(inclusivism)いわれる。1) 包含主義は、互いの信仰を「信仰の自由」という自覚のもとで無条件に認め合うというのではない。むしろ、自分の信仰が絶対正しいという確信のもとで、他の信仰を排除するのではなく、それらにも何がしかの良さを認め、その程度によって序列化して、自分の信仰を最高とする体系の中に包含してしまうものである。

 ヒンドゥー教は、大きくヴィシュヌ派とシヴァ派に分けられるが、細かく分ければ教派の数は極めて多数にのぼる。それら教派間で、深刻な宗教対立が起こる危険は常にあった。事実、そのような衝突はいくつも記録されている。2) 聖典の中にも『バーガヴァタ・プラーナ』4.2.28-32のように3)、ヴィシュヌ信仰の立場からシヴァを信仰するものを「外道」とする激しい排斥のことばがある。しかし、こうした排他的な側面を修復する融和の装置がヒンドゥー教にはあった。それが包含主義である。

 また、この他にヒンドゥー教が深刻な分裂を回避できた背景には、たとえば、「トリムールティ説」のように役割を分担させて摩擦を解消するような教説があった。また、ヴィシュヌとシヴァは、互いに両派の伝説・神話に現れて、ヒンドゥー教全体として一つの神話の世界を形成した。4) これらもヒンドゥー教が統一性を保った原因としてあげられよう。


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1) Jan Gonda, Visnuism and Sivaism, London 1970 (rpt. New Delhi 1976), p.95.

2) Jan Gonda, ibid.,p.92. 3) 「バヴァ(シヴァ)を信ずるものたちと彼らを信奉するものたちは、正しい教えの障害となる外道であろう」(バーガヴァタ・プラーナ4.2.28)

4) クリシュナの聖地ヴリンダーヴァンにあるシヴァ寺院の建立にまつわる伝説は、両派の協調関係をよく表す。山崎元一『古代インドの文明と社会』中央公論社、1997年、p.260参照。

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