1)ヴィシュヌの起源
ヴィシュヌは、シヴァと並ぶヒンドゥー教の最高神である。ヴェーダに起源をもつ神で、すでに『リグ・ヴェーダ』に現れるが、ヴィシュヌに捧げられる讃歌はわずかで6篇しかない1)。 ヴェーダの神々の中では、控えめな存在である。後代のヒンドゥー教におけるヴィシュヌのような高い地位は占めていない。しかし、わずかな言及の中にも、後のヴィシュヌの華々しい性格の片鱗はすでにうかがうことができる。
ヴィシュヌは、伝統的に太陽の光照らす作用が神格化されたものとされる。この解釈は、古くからあり、すでにヤースカの『ニルクタ』12.19に引用されている。しかし、オランダの碩学ホンダは、ヴィシュヌについて「上昇する」など太陽に特徴的な表現が見られないこと、むしろ世界の中央という位置を与えられることから、もとは祭柱(yUpa)などによって象徴される「宇宙樹」(axis mundi)ではなかったかとする2)。
『リグ・ヴェーダ』において、ヴィシュヌは天・空・地の三界を三歩で踏み越え、祭式を保護して人間に安全と住居を与えるとされる(RV 1.154)。寛容で慈愛あふれる神である(RV 1.186.10)。また、インドラの協力者として、インドラのヴリトラ退治などの武勇伝にしばしば現れる(RV 6.69.5)。このようなヴィシュヌが、さまざまな土着信仰の神々を次々に吸収して、多面的な性格を帯び広く信仰を集めて、ついにはヒンドゥー教でシヴァと勢力を二分する偉大な神になっていく3)。
1) RV 1.154, 155 viṣṇv-indra, 156; 6.69 indra-viṣṇu; 7.99, 100.