3. ヴェーダの宗教とヒンドゥー教

1)神々の交代  インドラ・ヴァルナ・アグニからヴィシュヌ・シヴァへ

 ヴェーダの宗教とヒンドゥー教は全く別のものとはいえないが、明らかに異なる。信仰の対象となる神々、信仰の形態には両者の違いが指摘できる。

 ヴェーダの宗教では、インドラ、ヴァルナ、アグニが主要な神であるが、ヒンドゥー教では、ヴェーダにおいては脇役であったシヴァ(暴風神ルドラ)、ヴィシュヌ、あるいはヴェーダではなく英雄叙事詩に現れるラーマ、クリシュナなどが主要な神として崇拝される。

 このように主要な神々が交代したのは、ヴェーダの宗教がインド亜大陸の西北から東へ、あるいは南へ広がる過程で、それぞれの土地で古くから信仰されてきた神々を吸収し併合したからである。中には排除され抹殺された土地の神々もあったろう。しかし、多くは、融合することによって異質な文化の摩擦を解消する道が選ばれた。また、融合される土地の神々の側にも、「サンスクリット化」1)することで、高い地位を保つことができる効用があった。それが、非常に複雑な多面的・複合的なヴィシュヌやシヴァという神を生み出した。

 多様で異質な神々が、受け入れられ共存する。しかも、それらの神々は独立の神として、ばらばらに併存するのではなく、ヴィシュヌ、あるいはシヴァを核として結晶していき、多面的・複合的な性格をもつ神を生み出した。ヒンドゥー教の中で、とりわけ大きな存在であるシヴァとヴィシュヌは、こうして登場してきた。


【次へ】【目次へ】


1) たとえば、南インドのマドゥライで古くから信仰されていたミーナークシー女神は、シヴァの神妃で、ヴィシュヌの妹として祀られるようになった。辛島昇編『ドラヴィダの世界』東京大学出版会、1994年、pp.68、99.
 辛島昇『インドの顔』p.113.は「サンスクリット化」を次のように説明する。
 「社会の種々のグループがバラモンのサンスクリット文化をとり入れることによってヒンドゥー教のカースト社会の中でその地位を上昇させていこうとする現象」
【本文へ】