ヒンドゥーの人生には三つの目的があると説かれる。三つとは、アルタ・カーマ・ダルマである。これをトリヴァルガ(trivarga)と呼ぶ。「トリ」とは「3」、「ヴァルガ」は「組、セット」の意味である。
トリヴァルガは、それぞれ詳細に論じられ、多くの論書が書かれた。アルタについては「アルタ・シャーストラ」、カーマについては「カーマ・シャーストラ」、ダルマについては「ダルマ・シャーストラ」と呼ばれる文献群が生まれた。これらのうち代表的な文献は、アルタについてはカウティリヤの『アルタ・シャーストラ』1)、カーマについてはヴァーツヤーヤナの『カーマ・スートラ』2)、ダルマについては『マヌ法典』3)である。
(1)「アルタ」は、普通、「実利」と訳される。名誉、富、権力など、現世において追求されるものである。
(2)カーマは「性愛」で、その論書カーマ・シャーストラは、性行為の指南書である。ただし、カーマは、文化的に洗練された粋人から学ぶべき事柄とされている。単なる性欲の充足を目的とするものではない。美的で文化的な要素を多く含む。そのため、インドの文学にカーマ・シャーストラは極めて大きな影響を与えた。
(3)ダルマは、「法」と訳される。ダルマを論ずる聖典は、古代インドの「法典」である。しかし、ダルマは、我々の考える「法律」よりはるかに幅が広く、宗教的、道徳的な義務も含む。そのため、ダルマの追求には、現世だけでなく、来世も重要な意味を持つ。
『カーマ・スートラ』 第1章、第2節において、「トリヴァルガ」は次のようにまとめて説明される。
ダルマとは、祭式などのように、この世のことに関わりがなく効果が目に見えないため世間で行われないことを、聖典の定めに従って行うことであり、また、肉食のように、この世のことに関わりがあって効果が目に見えるため世間でよく行われることを、聖典の定めに従って避けることである。これは、ヴェーダによって、またダルマをよく知る者との交際によって、修得すべきである。
アルタは、学問、土地、黄金、家畜、穀物、家財道具、友人を獲得し、獲得したものを増大させることである。これは、役人の処世から、そして職業上の慣行をよく知る商人たちから(会得すべきである)。
カーマは、アートマンと結びついて、心に統御された耳・皮膚・目・舌・鼻(の感覚器官)が、それぞれの対象に(生み出す)心地よい活動である。しかし、主として、これは特殊な感触に関するものであって、愛欲の快楽にあふれた実りゆたかな目的の感受がカーマである。これは、カーマを説く論書、粋人(ナーガリカ)との交際によって修得すべきである。」
1) 上村勝彦『実利論』岩波文庫、1984年
2) 岩本裕『完訳カーマ・スートラ』杜陵書院、1949年(再刊 平凡社 東洋文庫)
3) 渡瀬信之『マヌ法典』中公文庫、1991年
参考文献
原実、上村勝彦「ダルマ・アルタ・カーマ----人生の三目的」『インド思想3』岩波講座東洋思想 第7巻、1989年