第1章 ブッダ以前のインドの思想

 インドの古代思想のうち、後世にもっとも大きな影響を及ぼしたのは仏教である。仏教は、紀元前5世紀頃のインドにおいて、ブッダによって説かれた教えをもとに成立した宗教であるが、インドの枠を超えて南アジアから東アジアにかけて広まり、世界宗教となった。

 仏教の思想は、仏教圏アジアの人々の生き方に大きな影響を与えてきた。日本でも仏教は6世紀に受容され、以来、文化のさまざまな面で重要な役割を果たしてきた。現代では、科学技術の発展に伴って物質主義が広がったため、日常生活における宗教としての仏教の影響は弱まってきているが、仏教思想、とくにその縁起・空の思想は、近代科学に基づく自然観が曲がり角に来ている現代において、これを乗り越え、新たな自然観を模索する上で意味が大きく興味深い。

 この略説では、主としてインド思想としての仏教の紹介を試みる。まずはじめに、第1章において、ブッダにいたるまでの古代インドの思想史を概観する。ついで第2、3章において、ブッダの教えがどのような思想状況の中から生まれて、発展・展開したかを明らかにする。

 また、第4章では、ヒンドゥー教を紹介する。ヒンドゥー教は、驚くほど異質で多様な神々、あるいは信仰を含んで、しかも統一を保っている。現在、われわれが直面している問題は、異質な文化・価値がどうしたら平和に共存できるかという問題である。ヒンドゥー教の包容主義と呼ばれるあり方には、多元的な文化の平和共存という問題に対する、一つの解答があると思われる。


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参考文献及びリンク: http://www.philo.demon.co.uk/Darshana.htm